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ストリートダンスシーンが生み出した現代アーティスト 新井文月

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2000年代初頭から日本のBe-Bopスタイルで活動してきたlalalaのメンバーであり、数々のステージを飾ってきた新井文月。彼は今、ダンスから絵画へと表現方法を変え、N.Y.で個展を開催するなど、国内外で活躍する現代アーティストとして活躍している。今回は、世界中から注目を集める彼のダイナミックでスピリチュアルな感覚に溢れた絵をご紹介すると共に、その経緯やライフスタイルなどをリモートインタビューで語ってもらった。


 

 

  • 新井文月

多摩美術大学情報デザイン学科卒業。企業のWebデザイナーとして活躍後、2014年ニューヨークにて初個展を開催。躍動感のある筆使いには、ダンスに傾倒した事もある経験が投影されている。また、宇宙や銀河といったテーマが、黒の中に光を投入せしめる。2015年にはイスラムと日本の親和性についての作品を発表し、Arab Week 2015 Art Exhibitionに出展。主催国のオマーン/パレスチナ大使より日本アラブ友好感謝賞を授与された。書評家としても活躍するなど、古今東西の文化に絶えずエッジの効いた眼差しを向け続けている。

公式HP: https://araifuzuki.com/

Instagram:@fuzukiarai

 


■足の病気を患い、絵を描いて過ごした子供時代

 

TDM:絵を描き始めたのはいつ頃からですか?

新井絵は3歳頃から描いていますが、小学校低学年の時に足の病気で1年間くらい松葉杖生活をしていたんです。本人としては別に大変ではなかったんですけど、物理的にどこにも行けなかったので、絵を描くしかなかった。その前から友達といるよりも1人で絵を描いているような子だったのに、輪をかけて足が悪くなったので「暇だから描くしかないな」という感じでした。その頃は、ずっと鳳凰や鷹の絵を描いてましたね。

TDM:その頃からずっと描き続けてるんですね。

新井でも、あまり公にせず密かなライフワークとして描いていたんです。なぜかというと、ガンダムやパーマンのイラストをある日描いたら、次々に欲しいという友達が現れて、最終的にパーマンを40枚くらい描いたんですよ(笑)。友達に囲まれて「上手い!上手い!」と騒がれて、そういう雰囲気が苦手だったので、思わず「上手いって言わないで!」と言ってしまったら、ある1人の友達が「じゃあ、上手いって言わなきゃいんだろ、下手!下手!」と言ってきて、僕泣いちゃったんです。それ以来「こんな風になるなら1人で描いて楽しんでる方がいい」と感じるようになりました。

TDM:小学生っぽいエピソードですね(笑)。そこから、なぜ美大に?

新井:勉強の成績が良いわけでもなく、スポーツは出来ない、コミュニケーションも苦手、という学生でしたので、消去法で美大しかなかった。でも、1回目の受験は失敗し、2回目は受験日に交通事故に遭って右腕を負傷して絵が描けなくなって落ちちゃって、結局2浪して多摩美術大学に入りました。

 

3歳頃。この頃から絵を描いていた

 

■流されるまま入ったダンスサークル

 

TDM:ダンスを始めたきっかけは何ですか?

新井大学で、R-jamというインカレのストリートダンスサークルに入ったのがきっかけです。地元群馬の予備校に通ってた頃、絵ばっかり描いていて身体を動かしたかったので、予備校で絵を8時間くらい描いた後、スポーツクラブでサウナを浴びるという生活をしていました。大学に入ってからはスポーツクラブに行くお金がないから、何か身体を動かさないといけないなと思ってた矢先、「ダンス部部員募集」という看板を見つけて、練習を見に行ったんです。

そこでは皆でWILD STYLEの音楽に合わせてブレイクダンスの練習をしていて、関西人の先輩に「名前は?」と聞かれて、「新井文月です」と言ったら「ほなら〝ふーみん〟でええやん」と言われて、流されるままブレイクダンスから始めました。

TDM:Be-Bopを踊り始めたきっかけは?

新井Be-Bopは大学3~4年の頃からです。Sound Cream SteppersのGOTOさんのレッスンに行き始めて、そこで出会った上手いダンサーの先輩たちとlalalaというチームで活動し始めました。ほとんど大学の授業は出ないでダンスばっかりやってましたね。
lalalaは20年目になる今も活動中で、僕は通常のパフォーマンスは2010年から出ていませんが、今でも仲がいいので特別なパーティーでは一緒に踊ったりしています。

 

lalalaメンバーと

 

TDM:当時、プロダンサーになろうと思った事はなかったんですか?

新井はい。楽しんで踊っていたかったんです。でも、ダンスに携わっていけたらと思って、ダンス関係の仕事をネットで探して、渋谷のDDFという企業に入社しました。実は、このトウキョウダンスマガジンの創立者でもある方が代表の会社でした。同列会社のZEAL STUDIOSでも働いた期間も含めれば、トータル5年くらい働いていました。

TDM:TDMとは縁が深いんですよね!会社員時代はどんな生活でしたか?

新井:仕事が終わったらクラブに行って、ショーに出演したり夜通し遊んで、酒臭いまま出社する、というパターンでしたね。遅刻しないように会社に行こうと思っても、当時六本木にあったCOREなどで飲んだくれてやっぱり遅刻、みたいな(笑)。

 

■人生を3択で迷い、絵の道へ

 

TDM:転機になった出来事はありますか?

新井あえて言うならば、表現をダンスから絵にシフトした2010年頃からでしょうか。当時はlalalaメインで踊っていましたが、絵をやると決めて、チーム活動や教えなどダンス関係の仕事を全て辞めて、その時間を全部絵に費やしました。

その前に自分の中で3つの選択があったんです。ダンスをこのまま続けるか、ずっと描いてきた絵にシフトするか、実は前からやってみたかった役者をやるか…。それで、最初は役者をやってみたんですけど、演技のレッスンに行ってグループワークをやってたら、演技指導の先生に笑われて…なぜか終始ウケてるんですよ。それでも半年くらいはやったんですけど、役者として食べていくには、経験もないしコネもない、という事に気がついた(笑)。そこで、絵なら3才から描いているし、美大も出てる、デザインの仕事もある。「ああ、やっぱりこれか」と、絵の道に戻る事にしました(笑)。

TDM:最初から絵で食べていくという自信はありましたか?

新井美大を選択した時もそうですけど、流れるままに選びました。写生大会とかで賞を頂いたりして、だんだん「何かあったら絵がある」みたいに思っていたんです。

小学生の時に葛飾北斎について調べたら、彼は90歳まで生きた中で、風景画や冨嶽三十六景などを描きながらも、漫画も描いていたり、デッサン的なものや、版画、浮世絵と色々手を出して、最後にまあまあ満足がいく絵が描けたと思ったのが90歳の時なんですよ。そのペースでいったら、僕も80歳くらいまで描けば何とかなるわけで、今あくせくしなくていいやって気になったので、ダンスは絵のためにもなりますけど、ちょいちょい道を遊びながら生きている感じなんです。

TDM:ご自身もダンスや漫画など、いろいろ違う表現をされているのは葛飾北斎から来てるんですね!

新井漫画を描いたのは、HONZという本の書評サイトの読者のために描きました。例えばアートは自分の感情など、内面を出すことができます。それより皆が喜んでくれるものを描きたくて、そのためには笑いのネタが描ける漫画形式がいいと思ったんです。漫画の反応は、周りが喜んでくれたので嬉しかったです。

ダンスに関してはあまり考えてないですね。考えちゃうとダンスってイヤらしくなるから(笑)、ストリートダンスだし、楽しんで踊れればいいと思っています。

 

アトリエにて

 

■おりんを鳴らし、音楽に身を委ねているといつの間にか絵が出来上がっている

 

TDM:作品を拝見すると、さまざまな作風の作品がある印象ですが…。

新井大きく作風が分かれてるのは〝和〟の絵だと思うんですけど、和作品はほとんど、絵でやっていこうと決めた2010年頃の作品です。アートは世界共通なので、海外の方へのアピールとして、日本の良さを絵に出すため和っぽい作品を多く描きました。

僕は、自分のレベルが変わると絵のレベルが変わると感じていて、今は宇宙や銀河に意識があるので、最近で言うと流れる線や光などの絵が多いです。

TDM:近年の作品は、スピリチュアル的な印象のものが多いですよね。

新井前は違ったんですけど、2015年頃から光が絵に出るようになりました。未完成なのですが、一番最近の作品は、この「ダダダダダダダダダ」です。これは〝ダ〟が、1個じゃなくて9個が重要らしいんです。

 

「ダダダダダダダダダ」

 

描いた後に全て気付いたんですけど、おそらく、この世界が誕生する時の最初の爆発だと思います。星は爆発で出来ますが、宇宙も一つの爆発から始まり、地球が出来た時も、星と星とが衝突して、酸素やチッ素や水とかがたくさん集まって出来た中からボロっととれたのが月だったり、重力が相反してる部分があるんですけど、結局「ボンッ!」と爆発して出来ている。その誕生の瞬間の絵らしいですね。

TDM:「らしい」とはどういう事ですか???

新井僕は絵を描く時、何を描くかなどは何も考えず、まずインドで買った〝おりん(※1)〟を鳴らす所から始めます。そしておりんの音が細くなったら、力を抜いて、りん棒をおりんに当てて回します。そうすると音が大きくなっていくので、好きな回数までひたすら回す。それでアトリエを浄化させて、音が消えたら、Spotify2)かけます。Spotifyのプレイリストには僕がテンション上がる曲が入っているので、ノレる曲をひたすらかけます。その間に筆をとって、まず何も考えずに下地を塗るんです。書道で言うと墨を擦ってる状態ですね。そうしてる内に、いつの間にかこういう絵が出来上がっている、という感じです。

この絵は、ああでもないこうでもないと下地を塗った後に、星をチョンチョンチョンと描いたので「あ~これは宇宙なのかぁ~」と分かったんです。

※1 おりん…仏壇に置かれる仏具の一つ。りん棒(音を出す時に使う小さな棒)で縁を叩くと音が出る真鍮などで作られたもの。

※2 Spotifyスポティファイ)…音楽配信サービス

TDM:絵が降りてくる感覚なんでしょうか?

新井:そうですね。ここ5年間くらいは、そんな導きで自動書記のスタイルで描いています。ダンスでいったら、発表会のナンバーをたくさん練習して、大トリで披露する事になって、お客さんが期待してる中、自分の最高のルーティンソロが出来た!みたいな感覚でしょうか(笑)。それを毎日やってます。

 

>> ライブペインティングの様子 <<

頭で考えず無心で描く

筆を弾かせ、躍動感を表す

上から絵の具をたらし、衝撃を表現

完成後の手

すべての存在に感謝

 

■絵を通じて「地球素晴らしいぞ」という気持ちを味わって欲しい

 

TDM:今は絵がお仕事になっているんですよね?

新井ご縁があってコレクターさんがいます。まず絵をギャラリーに委託して、そこで買ってくれる人がいて、それがお金になっています。ただ子供も2人いますので、もちろん私だけでは到底無理ですが、ありがたいことに奥さんが数字に強く、稼げる人です。自分の絵がもっと売れるようになり感謝の形で還元できればと思っています。あくまで自分の描きたいものを描いてますが、例外もあります。この絵は、出版社の方から絵の装丁として「マハーバーラタというインドの神話からとった神様を描いてください」と依頼を受け、お仕事として描いたものです。

 

「ヴィシュヌ=クリシュナ」

著書を読んでみたら、沢山の神様がいて誰か1人に特定は出来ないと思ったので、一通り読み終わった後に本を置き、おりんを鳴らして描き始めたら、こんな絵に仕上がりました。

TDM:アーティストとして活動していて、何か印象的なエピソードはありますか?

新井最初に絵が売れた時の事なのですが、絵で生活していくと決めてから1年以内に、100号サイズ(1620×1120)の絵が100万円で売れたんです。ドバイの外交官の女性だったんですけど、「あなたの絵を買って、こないだ楽しい思い出が出来たのよ。ホームパーティーをしたら〝この絵は凄くいい〟って皆が言ってくれたの。だから、追加で10万円振込んでおいたわ」と、後日電話がかかってきたんです。

文化を愛する女性で、まだ20代でしたが「自分の身の周りを豊かにするお金は大事だから」と自分の稼いだお金で買われました。さらに〝友達が喜んでいた時間をありがとう〟という意味でまたお金を出している。凄いですよね。ドバイの人はいいお金の使い方をするなって思いました。それで自分を信じて、今も続けています。

TDM:どういう絵が売れるなど意識はされますか?

新井それをやっちゃうと多分いいものが出来ない。色味を明るくしようか、くらいは思いますけど、例えば売れるものを描こうとして、富士山やお花とか、桜ばっかり描けばいいのかと言ったら、そうじゃないんです。

例えば、「闇の絵」という作品があるのですが、この絵が100万くらいで売れたりするので、何が売れるかは分からない。あくまでも金額は結果であって、売ろうと思って描いてるわけではないです。サービス精神で描いたらこんな絵は描けないと思います(笑)。

 

「闇の絵」

これは人間の闇をひたすらキャンバスにぶちまけてみようと思っていた日々があって、イライラする事がある度に、黒や汚い色を重ねていたら、ある日不思議なことに絵がだんだん明るくなってきたんです。よく見ると、闇の中に光があったり、歯などには金箔も貼ったりしています。そして文様のようなものは銀河文字です。

TDM:銀河文字とは?

新井宇宙のエネルギーをそのまま形にしたものです。自動書記をやるとだいたいこういう形が出てきます。古代文字の宇宙版ですね。1つの文字に1万語の言葉が圧縮されています。この文字の上にコップを置くと中の水の味が変化したり、文様自体がパワーを持つと言われています。これ実は人の身体にもあるんですよ。指紋や関節を見ると、ぐるぐる流れてるのが見えますよね。波動や波長というのかな、絵にするとこんな感じになるはずです。

僕の作品には「FLOWING JEWELRY BOX(流れる宝石箱)」というテーマの、和紙を使うのが特長のシリーズがあります。〝流れる〟というのは、そういった波動や指紋とか、ダンスを通じて体感したエネルギーの流れがあり、〝宝石箱〟は、実際に絵を近くで見るとラメや金箔などを使っているのでキラキラしているし、宝石箱って老若男女誰もがテンション上がるものだと思うんです。そういう作品になって、世界の人々に味わって楽しんでもらえたらいいなと思っています。

TDM:今後の展望について教えてください。

新井コロナの時代が襲来した事によって、生活様式がグッと変わると思うんです。今まで忙しくしてた会社員は、リモートや在宅でちょっとゆとりが増えます。そんな変わった未来に、普通にあるものに対して有難いな、と思える心を持ちたいと思っています。

絵を見たり買う行為は、画家とその人が感覚を共有する事です。僕が地球に生まれて、太陽が輝いて、皆健康で豊かで、音楽を聴いて、音楽で踊って「ああ自然や葉っぱとかきれいだな」という意識で描くと魂レベルで伝わると思うんです。

絵を通じて「地球素晴らしいぞ」という気持ちを味わって欲しいし、そういう味わいを共有しながら、これからも絵を描き続けたいと思います。

TDM:これからも素晴らしい作品を期待しています!今日はありがとうございました!

 

interview &edit by Yuri Aoyagi
photo by AKIKO
’20/6/30 UPDATE

 

 

★作品紹介★

「達成感」

京都で描きました。最初はつぼみから描き、手を加えるうちに幹になり枝が出来、最後に葉と花が咲きました。これは指で描いてます。

 

「自分らしさ」

自分らしさって何だ
「人と違う事で差をつけろ」
そういう事じゃない。
自分らしさって
大人になると
それ自体がステイタスみたいになっていく
けど、子供の頃はそんな事気にもしなかった。
気に入らなければ怒って、
好きなものを好きだ!と言っていた。
でも大人になる程アタマで考えるようになった。
でも、そんな理論は捨てていいんだ
だって、みんな初めからバラバラだもん
その鎧は最初からいらなかった。
だから、それぞれ自分は原石みたいに
もう最初から素晴らしくって
それらがつながって
手をつなげば、
そこに愛だって生まれるんだ。

 

 

「体感」

地球に生まれた魂は、何が一番の体験か?というと、身体を使って感動を味わう事だと思います。ダンスも含め、喜怒哀楽全てを味わいきって死ぬのが醍醐味だと思います。

 

 

「聖なる心とそれを守る存在」

もし自分が魂を見守る守護霊だとしたら、大変な任務だと思います。だって24時間、自分が選んだ人をあたたかい心で見守らないといけない。人間もちろんエゴもあるから―愚痴・不平不満・なきごと・辛い―なんてしょっちゅう。
でも守護する側としては、元々は大切な輝く魂だと信じて、ひとりひとり寛大に見守ります。しかも、その人が成長するタイミングで、ピンポイントで不思議な現象を起こすだけ。(物理的に助けれないから)
おそらくそれってすごく果てしない愛がないといけない。
しかも国家試験を年3回は受かるくらいの能力もあるでしょう。

 

 

「鳳凰」

制作前にはいつも瞑想を行い、無心で描きます。この時は【地球が再生する何か】を願って描いていたら鳳凰が現れました。瑞獣である鳳凰は徳のある王とともに現れ、龍が脱皮すると進化して鳳凰となるそうです。鳳凰本体から強い躍動感が伝わってきますが、まわりの文様は銀河文字にも鳳凰自身の強い覇気にもとれます。

 

 

「THE GREAT PYRAMID」

2013年にエジプトを訪れました。不思議なことに同席したメンバーは、皆エジプトで神官をしていた同僚だったようです。現地で思い出しました。
私達は、クフ王の墓のあるピラミッドで全く光が入らないよう照明を消し瞑想をしました。その時、暗闇はどこまでも光が無く、水が一滴垂れてもそこら中に響き渡るような感覚でした。
その時、ピラミッドは今日の文明よりもずっと前に創られたものだと確信しました。現代人は本当に大きなものの一部しか知らないんだと思います。夜にホテルで、この絵は自動書記で制作しました。とってもシンプルですが、本当に思い出深い一枚です。

 

もっと作品が見たい方は、公式HPへ!

 

 

 

 

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tokyodancemagazine

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