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YUU

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安室奈美恵のバックダンサーとして日本で活躍し、現在はアメリカを拠点にNicki MinajやGwen Stefaniと共演し、ダンサーとして活躍するYUU。必然とも言える様な運命の連鎖が今の彼女を作っているのは間違いない。誠実でかつ穏やかでありながら、確固たる自分の土俵を作り、どこでも通用する対応力の高いダンサーになるには、ダンスを愛する姿勢とひたむきな精神力が最も必要なのかもしれない。常に最前線で活躍するYUUの凛とした、真っ直ぐな、ダンス奮闘記をここに記します。


 

  • YUU (村内 有紀 Yuki Murauchi)

    石川県出身。幼少期から姉の影響でクラシックバレエをはじめ、学生時代には新体操で全国優勝。20歳からストリートダンスを本格的に習い始め、ダンスチームを結成しイベントに出演。2011年安室奈美恵ダンサーに抜擢され、コンサートツアーに参加。以後2017年までの6年間、存在感抜群のダンスと明るいキャラクターで日本国内のツアーのみならず台湾、香港、シンガポールでの公演やMusic Videoにも多数参加し、安室奈美恵をサポートした。2018年にアーティストVISAを取得し、アメリカのロサンゼルスへ単身移住。Nicki MinajのMusic Video、ツアーやTVに出演。Gwen Stefaniのラスベガスで行われているResidency show”Just a girl”に出演中。Taylor SwiftのAmerican Music Awards 2019、世界的人気ラッパー Cardi B、Meghan Trainor、FKA twigs等のMusic Video出演。Rihannaプロデュースによる下着ブランド”Savage×Fenty “のファッションショーに参加するなど世界をフィールドに活躍。

 

■クラシックバレエから新体操、そして全国優勝へ!練習、練習、練習の青春時代

 

TDM: ダンスを始めたきっかけを教えてください。

 

YUU: お姉ちゃんがクラシックバレエをやっていて、小さい時に発表会を見に行き、母親に「私もやりたい!」と言ったのがダンスを始めるきっかけでした。多分お姉ちゃんがいなかったらやっていなかったです。当時は石川県に住んでいて、お父さんの仕事の関係で小学校に上がる前に埼玉県に引越しました。クラシックバレエはそれからずっと続けていましたが、中学校に入学し、新体操部に入ったタイミングで辞めてしまいました。

 

顧問の先生がオリンピックの審査員をするような方で、私はバレエもやっていたし、体を動かす事には自信があったので、新しいジャンルに挑戦したいと思い入部しました。幸運にも顧問の先生に見込まれて「彼女はこのまま続けたらいい選手になると思います。」と両親に言ってくれた事と、新体操で有名だった埼玉県の高校の顧問の先生からもお声がけをいただいたこともあり、高校でも新体操を続けました。両親は大学へ進学させたいという希望があったので、部活漬けの毎日になる事に不安があったようでしたが、インターハイや国体で優秀な成績を収める事が出来れば、大学へも一芸の枠で推薦入学出来るようにしっかりとバックアップしますと顧問の先生のお話を受けて、勉強も頑張るという約束をして入学させてくれました。

 

高校に入学してからは朝練、昼練、夜練と部活中心の生活を送りました。毎日体重計に乗らなきゃいけなくて、身体はいつも悲鳴を上げていました。顧問の先生や練習を見にきてくれる卒業生の先輩方からは『うちの新体操部を卒業出来ればこれから社会に出て、どこでも通用するくらいに精神的にも肉体的にも強くなるから!今を一生懸命頑張りなさい!』と言われ続けました。

 

 

1年間の中でお休みは3日しかありませんでしたが、3年間だからと思って必死にやりました。同級生のみんなが放課後にカラオケや遊びに行っている時も、ずっと練習、練習、練習の青春時代を過ごしていました。ただその時期があったからこそ、今の自分があるとも思います。

 

TDM: 新体操からダンスに進むきっかけは?

 

YUU:高校の文化祭で毎年新体操部は発表会を行なっていて、その中にダンスの作品も出していました。

 

その作品作りの為に外部からダンスの先生を呼んで指導してもらっていました。根津先生という方で高校時代の私には衝撃的にカッコ良いスーパーダンサーで憧れていました! もともとダンスは見るのもやるのも好きだったので、月に1回のダンスの練習はとても楽しかったです!その時から高校を卒業したらダンスをもっとやりたいと思い始めました。

 

TDM: 学生時代に出会う先生は一生物ですね。

 

YUU:はい。新体操の顧問の先生が約束通り大学へ推薦状を書いてくださり、無事に国立の大学へ入学出来ました。大学に行って完全に自由になって「ダンスをやりたい」と思いました。最初は新体操部に所属していましたが、その後に創作ダンス部に入りました。すごく楽しかったのですが、「私がやりたいのはこれじゃないな」と思っていて、直近の大会が終わるまでは頑張ろうと思っていました。

 

その後はストリートダンスをやってみたいと思い、少し活動のお休みをお願いしました。皆快く「また戻ってきてね!」と言ってくれて、その後も文化祭などをやる時には呼んでくれました。

 

 

■安室奈美恵のオーデイション合格!!バックダンサーという仕事

 

TDM:ストリートダンスを始めたきっかけも教えて下さい。

 

YUU:家の近所のスポーツクラブのダンススクールに体験で行った時から、本当に楽しくて「これだー!私がやりたかったのはこれだー!」って気づいて通い始めて、KYOKOさんとういう方に4〜5年教わりました。そこからいろんなクラスも受けに行って、大学を卒業するまで、発表会に出たりダンスコミュニティも自分で見つけてチームを組んで踊ったりしていました。ただ、大学を卒業する時に「進路をどうしよう?」となって、ダンスは好きだし続けたかったんですけど、両親は就職して欲しかったんですよね。教育学部の生涯学習課程健康スポーツコースという所で、スポーツ医学や生理学、栄養学などを学んでいたので、スポーツ選手に関わる仕事が出来ればいいなと、自然な流れで就職活動はしていました。そして2社から内定をいただけたこともあり「このまま就職するのかな〜」と思っていましたね。

 

そんな時に、ずっと教わっていた師匠KYOKOさんに就職の話をしたら、「YUUは絶対ダンスを続けた方がいい!見込みもあるし、就職したらダンスが出来なくなっちゃうよ!普通に仕事するってなったら、土日にちょこちょこって踊るだけになっちゃうから。それは絶対もったいないから!今が一番いい時期だから!」と言われました。

その頃ダンスは私の生きがいだったし、もし就職する事でダンスが出来なくなってしまったら相当バランスが崩れてしまう…その時に初めて自分の将来を考える様になりました。「やっぱりダンスをやりたい!」と親に話をしたら断られて…。でもお父さんが「やりたい事があるのはいい事で、すぐに結果は出ないと思うけれど、2年くらいは様子を見てもいいかもね。」と言ってくれて、発表会も毎年見に来てくれていたし、楽しんでいる事も分かってくれていたから、渋々お母さんも納得してくれました。

 

TDM:今の活動をご両親は喜んでいらっしゃるのではないですか?

 

 

YUU:喜んでくれていると思います。だからよかった~!卒業してから東京で1人暮らしを始めました。そこからまた新たにチームやユニットを組んだりして、2年間はアルバイトとダンスを両立させながらいろいろな活動をしていました。

 

2010年の冬に、Nazukiさん、PInOさん、KEITAさん、MASAKIさん主宰のJZ Bratで行われた「chiLLax」というイベンのオーディションを受けに行きました。全国からダンサーが繋がりを求めて受けに来ていました。最終的に10人くらいの中に残る事が出来て、イベントに参加出来た事でお仕事へ繋がるきっかけを作る事が出来ました。その数か月後、Nazukiさんから「YUU、安室奈美恵さんのオーディションがあるんだけど受ける?」と突然電話がかかってきて「えー!!!!私でいいんですか?」と思わず聞き返して、「全然!YUU受けたいかな?と思って」と。一つ返事で「是非お願いします!」と答えました。

 

TDM:一発目のダンスのお仕事が安室奈美恵さんの現場という事ですか?

 

YUU:そうなんです。その前までは、クラブで踊ってレッスンに行って、クラブで踊ってレッスンに行ってみたいな日々だったので。こんな経験が出来るなんて思ってもみなかったです。少人数制のオーディションで、そんな現場にいる私はとても浮いているように感じましたが、本当に運よく受かって、そこから6年間安室奈美恵さんの現場で踊らせていただきました。

 

 

TDM:YUUさんのお話を聞いてると、軸がぶれない、謙虚な人柄だと伝わってきますね。話は変わりますが、日本での安室奈美恵さんの現場を経て、プロの仕事についてはどう思いますか?

 

YUU:本人が参加するまでに完璧に仕上がってないといけませんでした。緊張感は常にあって、本当に出来なかったら踊らせてもらえなかったり。淡々としっかりとやるべき事をやれる精神力と対応力が必要でした。年々、メンバーが変わって、その年のツアーの雰囲気も変わりますし、求められる物が変わってきて、すごくシビアではあります。安室奈美恵さんが「100%の自分を見てもらいたい」と言われていた事があって、私はその言葉にプロとしての責任感や決断力を感じて感動し泣いた事があります。

 

 

■アメリカのアーティストVISA取得!

 

TDM:アメリカに行こうと決めたきっかけはどのタイミングですか?

 

YUU:大学の3年生の時に私が教わっていた先生に「1回は海外を経験して来たら?」と言われました。エンターテインメントはアメリカ発信の物も多いし、日本人はそこから刺激をもらっている部分もあるし、自分のダンスに組み込んだりもしているから、アルバイトでお金を貯めて1ヶ月くらい行ってみようと決めて、初めてロサンゼルスに行きました。本当に楽しくて「何なんだこの自由な感じは!すごく楽しい!絶対また来たい!」と思いました。

 

奈美恵さんのツアーのお休みの時期に、「やっぱり刺激が欲しい!」とアメリカに行っては、帰って来てお仕事を頑張ってやって…という感じでした。日本人でも海外で活躍している人がいるという話を聞いたり、海外で頑張っている日本人ダンサーも目にするようになりました。アメリカで仕事をしていた子と友達になり「私も頑張ったら海外で仕事が出来るのかな」と考え始めました。みんなに相談をしたら「行ったほうがいい!」とプッシュしてもらえて、「でも、本格的に行くってなったらVISAが必要だし…」と迷っていたら「本当に行きたいならお願い出来る人を紹介できるよ!」と友人に教えてもらい、これは着々と進めるかもしれないと思いました。

 

日本のお仕事の合間にまた1か月程アメリカに行った時に、たまたま年に1回しかないBlocという大手のダンス事務所のオーディションがある事を教えてもらい、興味本位で受けてみました。そして運良く合格出来たんです!

 

事務所のオーディションに受かって、それがきっかけでVISAを取ったっていう人は今まで聞いた事がなかったし、私はその後に日本へ帰ってお仕事の予定もあったので、契約をするのもどうしたら良いか事務所に相談した所、「1年間Hold(保留)しますか?その間に決めて下さい。」と言われて。私の実力は認めてもらえたって事だし、その1年間のうちに準備を進めておこうと決めました。日本でのツアーの最中の合間に紹介していただいた弁護士の方へ今までの履歴書やツアーの写真や日本の振付師さんからの推薦状を送ったりしていました。周りのみんなからも「頑張ってね!」と声をかけてもらえて、慣れない作業も頑張れました。

 

ところが、推薦状は海外のダンサーやインストラクターのものも必要でした。何回かレッスンを受けるだけでは先生と信頼関係を築く事は出来ません。もちろんそんな状況でVISAの話をしてサインをお願いしても無理なわけで…。なので、数ヶ月アメリカに行けるタイミングの時に特定の先生のクラスを毎週休まず受けるようしました。その先生の作品に参加出来るタイミングもあったりしてゆっくりと認めていってもらって。この子だったら仕事を任せられるなって思ってもらえるように必死に頑張りました。

 

日本に帰らなければいけないギリギリのタイミングでVISAの話をお願いしたら、協力するよ!と二つ返事で快くサインしてくれました!VISAが取れたのは2018年で、そこからアメリカに飛びました!

 

TDM:現在はアメリカに滞在してどれくらいですか?

 

YUU:3年くらいですかね。

 

TDM:アメリカで初めてのお仕事は?

 

YUU:Nicki Minaj の『Barbie Tingz』、『Chun-Li』のミュージックビデオがLAでの最初のお仕事でしたね。まずはオーディションでしかお仕事の繋がりを持てる機会がないので常に挑戦はしていました。

 

 

TDM:アメリカに行ってからはどれくらいでお仕事が決まりましたか?

 

YUU:運よく、1週間後に決まりました。

 

TDM:早いですね!

 

YUU:1年間を通して、オーディションが多い時期が3月~6月くらいにかけてなんですが、暖かい時期に向けて集中的にオーディションがあるんです。私が移住したのが3月の中旬くらいで、友達からNicki Minajのオーディションがあることを教えてもらい、いきなり有名な方のお仕事がきた!と驚くのも束の間で、アメリカに来たからには頑張ろう!と切り替えていました。

 

■アメリカで仕事をする

 

YUU:オーディションは3パターンあって、オープンコール(一般公募)と、予め写真で選ばれて集められるオーディションと、プライベートに連絡が来て受けるオーディションがあります。その時はオープンコールのオーディションで、もの凄い数でしたね。女性だけでも200~300人はいたと思います。人種も関係なく呼ばれていたので、「頑張ろう!」と思いました。

 

その時はヒールのオーディションで、振付は1分もないくらいでしたが、結構激しいダンスを踊って、どんどん人数が減らされて、待ち時間も長くて、1日かけて行いました。精神的に辛い部分もあったのですが、皆さん仕事をしたくて来ているので、頑張らなきゃいけない。1つはアジア人だけで構成する作品と、もう1つは人種関係なく構成する作品でした。男性のダンサーも必要で、会場の皆は疲労困憊で、アメリカのオーディションってこんな感じなんだなと痛感させられました。

 

結果は、どちらも取ってもらえました!とても嬉しかったです。次の日からリハーサルで、3日後には撮影でした。アメリカだと、1日リハーサルして本番、とかざらにあって、もの凄く対応力が求められるんですよ。日本にいた時は1年前から計画して、そこからリハーサルして、踊り込みして…とかでしたが、全然違うやり方で、なんとか本番前に仕上げるようにと短い期間で仕上げていくんです。

 

そのような事もあって、海外で活躍されている方々はすごく精神的に強くなっていくんだろうなって思います。臨機応変に何事もやっていける人じゃないと、やっていけない。だから1年目はその環境に慣れなくて辛かった時期もありましたが、慣れていかないと駄目なんだ!と気持ちを切り替えて仕事をしました。いきなり明日撮影のお仕事が来たり、予定していたお仕事が前日に無くなったりした事も何度かあります。

 

例えば、

「来月空いてる?」

「あ。空いてます。」

「3~4ヶ月ツアー出来る?」

と言われたり、近々でも何が入ってくるかが分からないので、仕事選びは慎重にならなきゃいけない所ですね。かぶる事もあって。先に引き受けた方が優先だから、諦めた案件もいくつもありました。「この振付師さんと仕事がしたかったー!」と悔しく思った事も何回もありましたね。

 

 

TDM:アメリカで活動する時のビジネスマナーなどはありますか?

 

YUU:人柄を見られていると思います。空気を乱さない、練習ペースを崩さない、連絡をちゃんとまめに出来て共有出来る、など。私は英語が全く出来なくて、1年目は毎日泣いていましたが、1年経てば耳が慣れてくるので、今こういう事を話してるんだというのはわかる様になりました。

 

相手も、ゆっくり話して欲しいとお願いしたら分かりやすく話をしてくれます。「紙に書いてこようか?」「後でメールするね。」と言ってくれる時もありましたね。とにかく自分で発信しないと向こうも分からないから、自分から何事も意見を言うようにしていました。そうしないと分かっている体で話しが進んでいくので。

 

アメリカで仕事をしている日本人の方は本当に対応力がすごいし優しいし、自分のスタイルやペースを守っていたり、とにかく振り回されないんです。来る物拒まず、切り替えが上手な方も多いかもしれません。日々トレーニングもされていますね。健康志向な方が多い印象もあります。だからそんな皆さんの一員に入れたらいいなと思ってます!

 

TDM:最後にアメリカで注目の振付師や好きなダンサーなどを教えていただけますか?

 

YUU:世界のトップアーティストの振付をしているJaQuel KnightやChris Grant、sean bankheadのアクションにはみんな敏感ですね。そこについて行きたいと大概の皆さんは思っているから、その方達には注目しています。私が大好きなダンサーはWhyley Yoshimuraさんです!将来一緒にステージで踊る事を目標にしているダンサーの1人です!

 

TDM:本日はありがとうございました!今後の益々のご活躍を願っております!

 

interview by AKIKO
edit by Sayuri Sekiguchi
’20/08/21  UPDATE

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tokyodancemagazine

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