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SHIROFES.オーガナイザー NOBUO(岩渕伸雄)

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2016年から青森県弘前市で毎年開催している世界最大級のダンスフェスティバル「SHIROFES.」。今年も6月30日から3日間行われ、ダンスバトルやショーだけでなく、ライブやワークショップなど国内外のさまざまなアーティストが集結し、大盛況のうちに幕を閉じたこのビッグイベントを手掛けているのが、弘前を拠点に活動するNOBUO(岩渕伸雄)だ。青森県という地方にいながらRed Bull BC Oneなど世界的なイベントをディレクションする彼に、SHOROSES.の秘話や、日本や世界のダンスシーンのリアルな現状を聞いた。

 


 

・NOBUO(岩渕伸雄)

岩手県出身。弘前大学ストリートダンスサークルA.C.T.に所属し、ダンスを始める。大学院修了後、2008年にダンススタジオ「FUNKY STADIUM」をオープン。2012年、弘前市で芸術舞踊に関する活動を発展させるため、「ひろさき芸術舞踊実行委員会」を設立。2016年、弘前城本丸にて大規模野外フェスティバルSHIROFES.を開催。2021年、国が主催する「スポーツ文化ツーリズムアワード2021」で SHIROFES.が国内最高賞「スポーツ文化ツーリズム賞」を受賞。ダンススタジオ事業・イベント事業・マーケティング事業のほか、レッドブルジャパン(株)のダンスコンテンツプロジェクトディレクターも務める。

2023年10月より弘前大学大学院博士課程に進学。

Instagram:@nobuo_funkystadium


 

■SHIROFES.を通して地元の人たちのアイデンティティを高めたい

 

TDM:今年もSHIROFES.が開催されましたが、SHIROFES.はどんなフェスなのでしょうか?

NOBUO:2016年からスタートして8回目になるのですが、当初は、弘前城の前でスタートして2019年までずっとお城の前でやっていました。2019年は、海外のダンサーたちもダンスバトルにエントリーして盛り上がってきていた中でコロナ禍に入ってしまったんです。

2020年は、世界中をオンラインで繋いでのリアルタイムの配信イベント、2021年は、 国内のダンサーだけで無観客開催して映像配信、2022年は、場所を移して、ステージを分けて開催しました。でも、コロナ禍でのオンライン開催で、世界中の人とZoomで繋いでバトルをしたことで、海外での認知度が上がり、驚くぐらい動画の再生回数も増えていきました。

TDM:今年はどういった感じだったのですか?

NOBUO:今年は、ワールドエディションとして世界中からダンサーを招いて開催しました。また、新しいコンテンツもやっていきたいという思いと、僕が一番力を入れているジャンルがPOPということもあって、POPで新しいコンテンツと、キッズたちが大人の世界トップレベルのダンサーを見る機会をSHIROFES.を通して作っていきたいなと思い、NINJYAというキッズのコンテンツも新たに作りました。

SHIROFES.2023の様子

 

TDM:元々、SHIROFES.を始めた経緯を教えてください。

NOBUO:きっかけは、2016年の年初めに、市内の有識者と呼ばれる人たちが集められて〝新たな観光コンテンツを作る〟がテーマの会議が開かれて、僕も参加しました。会議では、弘前城の石垣の改修工事が始まるにあたって、当時、「改修工事をしたらお城と桜が一緒に見られる有名なフォトスポットの下乗橋から桜が見れなくなってしまう」とか、「お城がなくなってしまう」とか、間違った情報が広がってしまっていて、それに加えて、当時弘前市はPR力が弱いと言われていました。そういった噂が広まった結果、桜の時期に外国人の観光客が来なくなったらまずいということで、どうしたら新たな観光コンテンツを作れるか話し合いをしました。

TDM:有識者とはどんな方がいらっしゃったのですか?

NOBUO:タレントの王林さんが所属してるリンゴミュージックの代表の方や、地域起こし協力隊の方、街づくりのスペシャリストの方などですね。いろいろな意見が出た中で、僕は、ダンスを軸に活動していた立場から「お城の前でダンスや音楽のイベントができたら…」と提案させていただきました。

TDM:ダンスバトルイベントとして提案したのですか?

NOBUO:ただのダンスバトルだけじゃなく、郷土芸能をしている地元の人たちの発表の場でありながら、世界の第一線のダンスも見れたり、逆にダンサーたちに地元の郷土芸能を見てもらえたりなど、ダンスというコミュニティを通して、弘前市のPRにも繋げられるようなイベントとして提案しました。

特に海外のダンサーからすると「SHIROFES.といえばダンスバトル」と思われることが多いのですが、そこを入り口にして青森に来てもらって、いろいろなダンスや、音楽、地元の郷土芸能など、その他のコンテンツも楽しんでもらえればいいなと思っています。

でも、自分としては正直、PRのためにやりたいわけではなくて、それぞれのコミュニティが集まったときに生まれる力を一番大事にしているし、地元の人たちのアイデンティティをイベントを通して高めていきたい思いがあります。その軸は今も変わっていません。

       SHIROFES.の初回2016年の様子

過去のSHIROFES.の様子

 

TDM:青森のダンスシーンは今どうですか?

NOBUO:すごくいいシーンになってると思いますが、コロナ禍でだいぶ人や世代が入れ替わってしまいましたね。極端にダンサーが減っているわけではないけど、高校卒業したら県外に行っちゃう率は高くなったかなと感じます。東京や仙台、あとは韓国に行く子も結構増えています。語学留学兼ダンス留学で2年間行くとか。東京に行くとなったら親も子も敷居が高いけど、韓国に行くのは人生の猶予期間というか行きやすい雰囲気はあると思います。

ダンスのレベルも今上がってきていて、SHIROFES.でも、結構青森のダンサーが予選上位に入っていて、昔では考えられなかったです。海外のジャッジたちも「日本のダンサーといっても、青森のダンサーなんだ!」という反応で、青森にも上手いダンサーがいると思ってもらえたのは、僕的にもやっている意味を感じることができました。

 

 

■痛感したグローバル目線の大事さ

 

TDM:他にはどういったイベントを手掛けられているのでしょうか?

NOBUO:2011年からRed Bull BC Oneのディレクション&制作をしていて、今は、オールジャンルのダンスバトルRed Bull Dance Your Style Japanのディレクションもしています。他にも、2012年から毎年、交流文化祭という学生向けのイベントをやっていたり、2011年にLegend Tokyoを観に行ったときに、「弘前で Legend Tokyoみたいなことができたらいいな」と漠然と思ったのをきっかけに、2015年に、一流のコレオグラファー作品に地元の人たちが出て発表するENTERTAINMENT FESTIVALというイベントをはじめて、4回開催しました。

他にも、B-BOYのTAISUKEがオーガナイズしているTHE JAMのディレクションもしています。THE JAMに関しては、Red Bullは企業なので15歳未満の子に向けてはマーケティングができないのですが、16歳になった途端にB-BOYたちに関わり始めるというのも変な話で…。だから、子供たちに対して何ができるかということをTAISUKEと考えて、15歳未満の子供たちの日本一を決める大会を8年前に作りました。そこで活躍した子たちが、そのまま16歳になったときにBC Oneでも活躍できるような環境を作っていかなきゃいけないと思ったんです。部門は、15歳以下と、15歳以上、それとB-GIRLの3部門で、何歳からでも出ることができる大会です。

他には、僕は舞台も大好きなので、弘前県立美術館主催の子供たちのダンス公演の演出も長くやらせてもらってきました。

過去のENTERTAINMENT FESTIVALの様子

2012年から毎月1回開催してる「クロスクロス」は120回を超えた

 

TDM:世界規模のイベントをたくさん手掛けられているのですね。

NOBUO:そうですね。昨年は、沖縄で開催したBATTLE OF THE YEAR(以下、BOTY)のワールドファイナルも携わらせていただきました。僕はB-BOYではないのですが、BC Oneを通じて世界のチームとも繋がりがあるので、BOTYのワールドファイナルの日本開催が決まったタイミングで、手伝って欲しいと声をかけていただいて参加しましたが、規模も違いすぎてすごく大変でしたね(笑)。それまでも世界大会クラスのイベントは何回か経験はありましたが、歴史ある大会ということの重みや、自分のイベントではないので、自分の思いだけではできないことがたくさんありました。

TDM:どういったことが一番大変でしたか?

NOBUO:グローバルからの見え方を第一に考えなきゃいけないということですね。SHIROFES.なども、もちろんグローバルからの見え方はとても気にしながら作っていますが、基本は、グローバル目線に合わせつつ日本で開催するバランスも取っています。ただ、BOTYのワールドファイルとなると、今までドイツやフランスでしかやったことがないものをアジアに持ってきて、クオリティを落とすこともできない中で、こうした方がいいんじゃないかなと提案して違う見解を言われたときに、「そういう考えもあるか」と納得できる部分もあれば、「難しいな…」と思うこともたくさんありましたね。日本人の僕が描いていたBOTYのイメージと、実際のグローバルな現場のイメージが違うことも見えてきました。

TDM:どういう面が違うと思いましたか?

NOBUO:目に見えないところの選手に対するホスピタリティですね。 内側に入ってみないと見えない部分ですが「そこまでやってるんだ!」と思いました。例えば、皆が練習する場所に置くケータリング1つにしても、ビーガンの人もいれば、そうじゃない人もいたり、宗教上の理由もいろいろあるので、食事やお弁当も何種類も用意するんです。日本では「 あそこにお弁当あるので」だけで済むけど、「そこにあるもの自由に食べていいです」が通用しないんです。また、どういう場所で練習させてあげるのかなども、選手の情報をいくつも吸い上げてバランスを取っていきました。

特にBOTYの場合は、バトルをしないで終わる子もいっぱいいるんですよ。去年はコロナの影響で15チームと少なかったんですが、 その15チームで最初にショーコンテストをやって、審査員の投票でそこからトーナメントに出れるのは6チームに絞られるので、落とされた9チームはもうバトルができないんです。でも、そこで、ピラミッドの頂点だけ決めて、あとの子は「はい、おしまい」というわけではなく、落ちた子たちに対してどういう映像を残してあげられるかなど、次に繋がることにものすごくお金をかけているんです。

強いチームだけ集めようとしたら、おそらく先進国しか集まらなくなるけど、それがシーンにとっていいことだとは僕らは思っていなくて、発展途上国の人や、勝てないかもしれないけど国の代表として来ている人たちに、いかに楽しんでもらって「来年もあそこのステージに立ちたい!」と思ってもらえるかを重要視しているんです。その考え方は、他のイベントに置き換えても大事で、僕も今後もイベントをやっていく上でとても勉強になりましたね。

TDM:とても素晴らしい考え方ですね。

NOBUO:そうですね。結局イベントは、オーガナイザー目線になればなるほどエゴが前に出るので、自分の中でいいと思っていることをやればいいとか、 人が集まれば正解なのか、SNSでシェアされたらいいのか、など評価基準はいろいろありますが、なかなかそこだけじゃ測れない部分があるんですよね。

例えば、長く踊ってきた先輩ダンサーたちを若い子にも見てもらいたいとか、 逆に、まだまだ若いダンサーだけど見てもらいたい子がいるとか、日本人ダンサーだけでなく海外ダンサーも含めて、本当の意味で、グローバルにいろいろな世代の交流ができるイベントを、バランスを取りながら作っていけたらいいなと思っています。そして、いかに自分がやりたいことをそこに落とし込めるかを意識したいですね。

TDM:イベントを企画する中で、自分の中で大事にしてるものはありますか?

NOBUO:キャリアに関係なく、そこに立つダンサーやDJなど〝アーティストファースト〟ということを第一前提にしています。上の人だから特別にいい環境を作らなきゃいけないとかではなく、アーティストはステージ立つ以上、誰であっても同じようによりよい環境を作ることを一番大事にしています。

 

 

■今は全国どこにいてもダンスが上手くなれる時代

 

TDM:NOBUOさんから見て、今のダンスシーンをどう捉えていますか?

NOBUO:ダンサーもアーティストも新しい人がどんどん出てきていて、いい意味で、コロナ以前よりも今の方が、新しい子たちが伸び伸びできる時代になっているのかなと感じます。

コロナ禍で、よりYouTubeなどでダンスを見る機会が増えたからか、今は若い子と話していても、知らないダンサーの名前がいっぱい出てくるんですよ。それがある意味新鮮というか、本当に今の若い子はSNSや YouTubeで情報を得ているんだなと強く感じますね。

少し前の世代は、 SNSやYouTubeでダンスを見て「すごい!」と思う感覚は〝よくない〟みたいに言われていた世代なんですよ。僕も含めてですけど、「ダンスは動画で見るだけだったらもったいないよ」みたいな風潮はコロナ前まではあった。 YouTubeで見るより生で見るダンスの方がすごいんだと皆言っていました。その答えはもちろん間違っていないです。でも、そうはいっても、実際はイベントに足を運ぶ人より足を運ばない人の方が絶対的に多いんです。特に地方は、地域格差も絶対ありますしね。行きたいけどいけない人も沢山いるんです。

「いい環境とは何か?」と思ったときに、今までは、東京でたくさんダンスが見れる環境の方が絶対いいと決まっていましたが、今は情報も地方にいてもキャッチできるし、全国どこにいてもダンスがうまくなれる時代になっていると感じます。絶対的に環境の差はあるにしても、地方にいながら思いを持ってやれる環境を作ることができれば、強くなるダンサーはいっぱい出てくるのかなと思っています。僕がSHIROFES.をやっている意味として、そこはすごく大きいですね。

地元に、バトルで勝てる強いダンサーが1人残っているより、皆で楽しくダンスしている100人が残っている方が環境としてすごくいいと思うので、目指す目標として、〝地元に残ってダンスを続けていく〟という選択肢が作れるといいですよね。どんなに上手いダンサーでも、1人でやっていても続かないと思うんですよ。

 

SHIROFES.はスポーツ文化ツーリズムアワード2021も受賞している

 

TDM:なるほど。地方でダンスを続けていきやすい時代になっているんですね。

NOBUO:そういう意味では、去年SHIROFES.が終わった後に、僕が会ったことのない、いろいろな地域のダンサーや、オーガナイザーの方から「自分も地方で活動していて、SHIROFES.みたいなことをやりたいと思っているので、今度話聞かせてください」と、たくさん連絡をいただいたんですよ。同じような思いで地方でがんばっている人がいっぱいいるんだと思ってすごく嬉しかったですね。

SHIROFES.は、外から人を呼んで盛り上がっているという見え方もあるかもしれないですけど、そこだけじゃない部分があるんです。その部分は、たぶん地方の人じゃないと理解できないと思います。「地方でそれをやる意味はなに?東京でやった方が人は入るじゃん」みたいなことを僕も言われたことがありますが、あえて地方でやる意味があると思っています。

僕は外にも出ている人間なので、余計にそれを外でやるのは全く意味なくて、僕が外に出ている人間だからこそ、外で知り合った人や出会った人をこの地元に連れてくる。その人たちと同じステージに地元の人たちも立つということに意義がある。僕は一番そこを大事にしたいと思います。

弘前だけじゃなくて、一生懸命育てた自分の生徒が、18歳になったときに東京に出て行ってしまうという経験を、たぶん地方でダンスを教えてる先生たちは皆経験していると思うんです。残って欲しいと思っても、その子の将来を保証できるわけじゃない。でも、何ができるんだろうと思ったときに、〝ダンスを仕事にしなくても、ダンスを続けていける〟“自分のスタンスでダンスを楽しめる”という環境を作ることが大事なのかなと、数年前ぐらいから感じています。

最近は全国的にも、ダンスをあくまでもライフスタイルの1つにして「仕事しながらダンス頑張る!」みたいな若い子も増えてきましたけど、特に地方はダンスを仕事にしている人と、そうじゃない人という感じに分かれてしまっていて、仕事をしながらダンスをしている人がやりづらい環境もあったりするんです。でも、本当は、どちらの人も一緒に楽しめるコミュニティを作らないとダメだと思います。

TDM:ライフスタイルの作り方によって、いくらでも可能になりますよね。

NOBUO:パートタイムで融通がきく仕事につくなど、いろいろなパターンがあるから、どういう時間の使い方をして、自分のライフスタイルとダンスのバランスがうまく作れるかです。そういう人が周りにいっぱい出てきたら、若い子たちも想像しやすいですよね。

今は「ダンスでどうやって食べていこう」と悩むことはすごくナンセンスだと思います。

TDM:世界を知ったNOBUOさんの目線から、日本はどうですか?

NOBUO:日本はいろいろな意味で恵まれてると思います。子供たちや若い世代の子たちが経験できる場がたくさんあるし、育つという面では本当にいい環境だと思います。いろいろな思いを持ってイベントをやってる人や、コミュニティを作っている人がいっぱいいるので、 小さいときから何かしらのコミュニティに入っています。特に結果を残してるようなキッズは、誰にも習わないで上手くなる子はいなくて、誰かの生徒もしくは誰かに面倒を見てもらっている環境が必ずあります。

そういう想いを持って繋がりを作っている人たちがいることがいい環境ですよね。若くても信念を持ってやっている人の下には、さらに若い子たちが付いていてシーンやイベントがそのコミュニティだけでも成り立っています。ただ人気があるなしだけじゃなくて、その人がそのコミュニティに対して何をしてるかとか、そこに対して上の人も協力してくれるような環境ができている。昔の方が縦社会があったかなと思うので、コロナ禍を過ぎていい流れになってきたと思います。

TDM:人気になればいいという風潮ではなく、人間として繋がるようなコミュニティができてきているとうことですよね?

NOBUO:そうですね。特に日本はすごく感じます。多様性というか、いろいろな考えを持っていても、人とちょっと違っていても、「私でも合うコミュニティがありました」とか。例えば、POPの世界でもいろいろなスタイルのコミュニティがいっぱいあって、それぞれ自分が参加しやすいコミュニティに入っていて、そのコミュニティ同士も仲が悪いわけではなく、タイミングがあれば一緒に何かやっていたりとかもよくある。そういう感じで、今の30代 前後ぐらいの 世代の子たちの動きというのが、全国的に見てもいい感じに活発に動いているのを感じます。そこに支えられてる上の世代もいるし、下の世代はちゃんとそれを見ている。今の日本は、本当にいい繋がりができている感じがしますね。

 

■東南アジア諸国に感じるダンスシーンが爆発的に変わる可能性

 

TDM:他の国のシーンで、何か印象的だったことはありますか?

NOBUO:他の国の若いダンサーは、今は大きい大会に出ている子ぐらいしか分からなくなってきていて、これからまたイベントを回り始めれば見えてくると思いますが、 どこもやはりキッズが伸びていると思います。「誰に教わったんだろう!?」と思う子もたくさんいます。以前は、ダンスが盛んな国とそうじゃない国との特徴が分かりやすかったけど、いい意味でそれが分からないくらい、 キッズの子たちはYouTubeなどでダンスを独学で学んで育っているのかなと思いましたね。

今回SHIROFES.の新コンテンツのNINJYAでは、海外のゲストバトラーとして、韓国とインドの子を呼んだんですよ。これからのことを考えると、インドの子が関わるということにも意味がある。インドは人口も増えてるし、ダンスシーンがちゃんとあるし、これから世界一のダンス先進国になっていくと思うんですよ。今、日本のダンサーもインドにたくさん呼ばれているし、ダンスだけじゃなくて日本の企業もインドにフォーカスを向けていますからね。

招待したのは、いろいろなダンサーの人に聞いたりもしていた元々SNSで見ていてすごく上手いなと思っていたインドのムンバイ出身の子なんですけど、今回招待が決まったことを公開したら、SNSでの反応が凄くて、特にインドの人たちからリアクションがすごくて、やはり日本に呼ばれるというのはすごいことなんだなぁと実感しました。

TDM:NOBUOさんはインドのダンスシーンに注目しているということですか?

NOBUO:アジアですね。アジアに力を入れたいと思った理由は、 2020年のコロナ禍でSHIROFES.オンラインをやった後に、文化庁の事業の一環で「ASEAN諸国を繋いで、ダンスの国際交流ができないか?」と相談を受け、シンガポール、マレーシア、ネパールなどアジアだけで24人をオンラインで繋いで、ダンスバトルをやったのですが、そのときに「優勝した子をSHIROFES.のSAMURAIに招待します」と言ったら、 皆SHIROFES.を知ってくれていて、実際招待した子は「オンラインのイベントであっても、自分が招待されたことは今まで生きてきた中で一番嬉しい」と言ってくれたんです。SNSのコメントを見ても、各国すごく応援してくれていました。

でも、日本は恵まれ過ぎていて、日本のダンサーは当時、オンラインのイベントに声かけても「オンラインじゃちょっと…」という反応がほとんどだった。それぐらい日本がやっていることや、普通にダンスができているこの環境は恵まれていることに気づいて欲しいですね。僕も気づいて変わったので。

TDM:なるほど。日本にいるとなかなか気づかない視点ですね。

NOBUO: 僕は、ダンスシーンを支えているのは、実は東南アジアの国々なのではないかなと感じるぐらい可能性を感じていて、その真ん中にいる日本と韓国を中心に、もう少しきちんと交流を持てたら爆発的に変わっていくだろうなと思います。それは、去年のBOTYのときにとても感じたのですが、BOTYはヨーロッパ中心で考えているのかと思っていたら、オーガナイザーチームは実はアジアに目を向けていて、日本で開催した理由も、ドイツやフランス開催はそれだけで敷居が高くなってしまうから、アジアの人たちが参加しやすくするためでもあったんです。

そうやって、ダンス先進国が本当の意味でのグローバルを考えるようになれば、より多くのダンサーやコミュニティが入れる仕組み作りができると思いますね。だから、日本がこれだけシーンが成り立っていて、BOTYが開催できたというのは大きい一歩で、去年は、誰もが思ってもいなかった台湾のチームが6位通過して、世界的快挙と言われていました。

昔ではヨーロッパのチームが落ちて、台湾のチームが通るなど考えられなかった。でも、別に差別的なこともなく、とてもピースフルなムードだったので、時代はもうそういう感じになっているんだと思います。

今は、日本ですごく上手な子はヨーロッパやアメリカに目を向けるというのが、日本人の感覚としては普通になっていますよね。それはダメなことではないし、そこに夢があるのはもちろんなんですけど、ダンス先進国ではない東南アジア諸国でも、自分が思ってる以上に自分のダンスをYouTubeなどを通して見てくれているダンサーがたくさんいると知って欲しいです。

TDM:キッズシーンではどこの国が盛り上がっていますか?

NOBUO:ダンスのスキルだけを見れば、キッズはたぶん日本が1番なんですよ。だから日本のキッズは、子供のうちに世界に出ることがあんまりないんですよね。他の国にキッズのバトル大会がなかなかないということもありますが、それぐらい日本は進んでいて、良くも悪くも〝日本で勝てれば世界一〟みたいになっちゃっているのがもったいない。そのまま、そのキッズたちが15、16歳になったときに、いきなり大人の世界に放り込まれることになるので、もっと思いはあります。

TDM:どういうことでしょうか?

NOBUO:いろいろなイベントをやってきて、15歳というのが海外のダンサーと知り合う1つの境目になっていると感じるんです。中学校3年生が終わって急に大人の世界にポンと投げられても、通用する子もいるけど、キッズの世界で 取り上げられていた感覚と違ったりする。

大人からダンスを始めた人は、割と国内にも海外にも同世代がいるけど、キッズは一気に有名になっちゃうと〝日本のキッズで有名な人〟みたいになっちゃって、他の国からの見え方が異質というか…。例えばその子が17歳になったときに、急に大人のハイレベルのダンスシーンに放りまれる感じになって、戸惑ってしまうのはもったいないと思います。

日本にいると、キッズや親も、日本の大会のベスト8に選ばれるだけでどれくらい価値があるか分からないと思うけど、価値を改めて知ることで、親としても嬉しいと思うんですよね。キッズが上手くなるのは、本当に親のサポートが9割以上だと思うので、本人の努力ももちろんだけど、親がやってきたことがどれぐらい価値あることか気づけると思う。だから、価値を知ってもらう意味でも、キッズはキッズ同士で、海外の同世代の子供たちと交流を持てる機会が必要だと思っています。

 

■青森を盛り上げるためにどんどん繋がっていきたい

 

TDM:NOBUOさんが元々ダンスを始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

NOBUO:僕の地元は岩手なんですが、大学で弘前に来て、地元のダンス部から同じ大学に入った子たちから「ダンス興味ありますか?」とサークルに誘われたんです。でも、全然興味なかったので(笑)1回断って、でも、ダンスサークルを成立させるのに人数が必要だと言われて「じゃあ、いいよ」と入ったんです。

TDM:大学から始めたんですね!POPを好きになったのはなぜですか?

NOBUO:POPを好きになった理由は、元々よく分からずにダンスを始めたので、ブレイキンを半年ぐらい練習しててもできなくて、友達から「家で見て練習して」と借りたビデオテープの中にElectric BoogaloosのPoppin PeteとSkeeter RabbitがPOPをやっていて「これだ!」と思って始めたのがきっかけです。当時は教えてくれる人もいなかったので、1年半ぐらいずっと1人で練習していました。

 

学生時代

 

TDM:そこからダンスを仕事にまでするようになるきっかけは何だったんでしょうか?

NOBUO:大学を卒業するときはダンスを仕事にしたいとは全く思っていなくて、自分が就職を希望していた関東の会社の条件が大学院卒だったので、大学院に行っていました。大学では農学生命科学部にいて農業の研究の道に進んでいきたいと思っていました。

でも、青森県立美術館の事業の「アレコ」という舞踊劇にダンサーとして出させてもらったり、県の事業で、韓国の芸術祭に舞台作品を出展させてもらったり、大学3年生ぐらいのときからは呼びたいダンサーを集めてイベントをやったりして、大学院に入った頃には、子供のダンスレッスンも持ち始めてもいたし、もし関東に就職したら、今と全く同じ活動はできないなと思ったんです。だから、就職先に内定ももらったけど断ってしまったんです。そっちに行けば安定はできるし、その会社の事業を仕事としてやりたかった部分もあったけど、魅力を感じなくなってしまっった。当時は「ダンスだけでは仕事にできないじゃん」と完全に思っていたので、 それをどう仕事にしていけばいいかとすごく考えた結果、「ダンスシーンではもっとできることがいっぱいある」と思って、東京にはいかず、地方に残ってシーンを作っていこうとスタジオを始めました。

 

スタジオができた頃の発表会の様子

 

TDM:これからどうしていきたいという目標などはありますか?

NOBUO:SHIROFES.だけじゃなくても、Red Bullなども含めて、外で作れた関係値を地元でやるイベントに還元して、これからも県外から人がたくさん来てくれるようなイベントを作っていきたいと思っています。SHIROFES.以外でも青森に来てもらいたいので、どんどん繋がっていければいいなと思います。

TDM:今若い子たちはいろいろなことを選べる環境にもなったと思いますが、そんな時代を生きる若い子たちに、なにか メッセージをお願いします!

NOBUO:大学卒業するタイミングで、どうしようと思っている子もいるかもしれないけど、僕もスタジオをやろうと決めたのが23歳で、スタジオを始めたときが24歳で、今考えたら本当に無謀でした。でも、もし今の僕の感覚を当時持ってしまっていたら、「やらない方がいい」という判断をしちゃって、たぶんスタジオはやってないと思うんです(笑)。だから、若いときの感覚を大事にして、今しかできないことをした方がいいと思いますね。

TDM:貴重なメッセージありがとうございます!今後のさらなる活躍を楽しみにしています。

 

photo& interview by AKIKO

edit by Yuri Aoyagi

’25/10/06 UPDATE

 

★SHIROFES.2023の様子をもっと見たい方はコチラ

 

 

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