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舞台「BLUE VOL.05」特集 AKIKO & 荒川栄

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2017年2月に開催される男子新体操×ダンスエンターテイメント舞台「BLUE」。主催・プロデューサーのAKIKOと、Team BLUE代表の荒川栄が仕掛け人となって、冬の青森を盛り上げはじめてから5年目を迎える。世代をつなぎ、地域をつなぎ、ダンスと新体操をつなぐなど、様々な挑戦を継続するには、強い想いと多くの協力が必要だろう。青森と東京から世界に通用するエンターテイメントを目指し、発信し続けてきたこの5年を振り返り、さらなる高みを見据える2人に今の心境を聞いた。

 

  • AKIKO(上野暁子)
    株式会社 LAST TRAIN GETTER プロデューサー兼代表取締役。イベント出演やインストラクターもこなす現役ダンサー。小・中学時代に体操競技に携わり、高校卒業からダンスを始める。“社会にダンスをつなげる”をコンセプトに、日本最大規模のZEALスタジオの立ち上げに携わり、2001年から2015年まで6000人規模のダンスイベント「WORLD WDIDE」を企画・プロデュース。2013年、ストリートダンス×アクロバティック集団BLUE TOKYOを発足。同年から青森県で青森山田高校・青森大学男子新体操部と共に舞台「BLUE」を主催・制作。PARCO主催「ASTERISK」(2013~)、国際交流基金・PARCO主催「DANCE DANCE ASIA – Crossing the Movements」(2014~)のキャスティング・制作協力を行う。その他、株式会社オリエンタルランド、東宝株式会社等の企業イベントや、CM・PVのキャスティングを手掛け、1998年より続くストリートダンスのポータルサイト「トウキョウダンスマガジン」の編集長をつとめる等、20年に及ぶキャリアを持つ、ダンス業界でも数少ないビジネスセンスを持ったプロデューサーの一人である。

 

  • 荒川栄
    青森山田高等学校男子新体操部・監督、株式会社AKcompany・代表取締役、株式会社LAST TRAIN GETTER・取締役、一般社団法人BLUE ties impression・理事。1973年生まれ。青森県八戸市出身。青森山田高校3年時に主将として全国高校選抜、インターハイ、国体の全国大会3冠を達成。その後、国士舘大学へ進学し、全日本学生選手権個人総合で前人未到の3連覇を達成。大学卒業後、岩手女子高校の非常勤講師になると同時に滝沢南中学校の体操部コーチを務める。その後1996年に盛岡市立高校に赴任し男子新体操部を新設し創部6年で全国制覇に導く。2003年4月、母校である青森山田高校男子新体操部監督に就任。14年間で団体13度、個人5度の全国優勝を遂げる。2014年8月に教諭を辞め現在は部活指導と同時に新体操を世界に広める為の様々な活動を仕掛け、その一環として世界初の新体操とダンスを融合させたプロユニットBLUE TOKYOのプロデュースを行っている。その一環として世界初の新体操とダンスを融合させたプロユニットBLUE TOKYOをAKIKOとともに立ち上げた。
    さらに、2013年1月には青森山田高校、青森大学、そしてBLUE TOKYOとBLUE TOKYO kid’sで舞台「BLUE」を開催し1回公演2,000人を完売させ成功を収めた。その後2014年2月7・8日「BLUE vol.2」、2015年1月24・25日「BLUE vol.03」、2016年1月23・24日「BLUE vol.04」と継続し豪雪極寒の青森市でこれまで4年間10公演で1万1000人の動員を実現させている。2016年1月には株式会社AKcompanyを立ち上げスポーツ選手から高齢者までのケアを行うワイズ・パーク青森センター店の運営を行う。

 

■舞台「BLUE」での選手とプロの共存バランス。

 

TDM 前回、お2人が対談したインタビューは、BLUE VOL.02直前の2013年12月でしたね。来年2月にはVOL.05が行われますが、この3年間を振り返ってお話をお伺いしたいと思います。

 

 

 

荒川 さっき、その記事を読み返したんですが、いや~、調子に乗ってましたね (笑)。

 

 

 

AKIKO あれから試練でしたね (笑)。

 

 

 

TDM VOL.02は、お2人の中で何ができた舞台でしたか?
 

 

 

荒川 p1020931前作のVOL.01の想いをつなげる舞台でした。東京からプロのダンサーを招いて作って頂いた舞台はとても素敵で感動しました。ただ、BLUE TOKYO単体として見た時に、「あれ?BLUE TOKYOを何のために作ったんだろう?」と思ったんです。

 

今思うとVOL.02が、僕の中では分岐点だったと思います。VOL.01の流れを踏襲して、男子新体操という競技とダンスを加えて、青大(青森大学)や山田(青森山田高校)などアマチュアである青森の演者を中心に、東京からのゲストダンサーと同じようにBLUE TOKYOもゲストとして参加する舞台でした。

 

ただ、僕たちがBLUE TOKYOを創った意味は、卒業生たちが培った技術を使ってパフォーマーとして生きていける道を作って、それを文化にしたかったんです。それを発信する場が舞台BLUEだと。「ゲストではなく、BLUE TOKYOを主役にしないと。」と改めて思いました。それから1か月も経たないうちに、AKIKOに、「この先、BLUEをどうしようか。BLUE TOKYOをどうしたい?」と、何時間も真剣に、かつ、喧嘩腰に話し合ったよね。

 

 

 

AKIKO
あれ、喧嘩したっけ?(笑)

 

 

 

荒川 喧嘩したっけ?じゃないよ!(笑) 俺は真剣だったよ!(苦笑)

 

 

 

TDM それから、VOL.03の制作に入ったわけですね。その物語を聞かせてください。

 

 

 

 

 

荒川
青森でのニーズを考えた時に、新体操の良さである練習に練習を重ねた演技を披露することによる感動は選手が勝っていて、そこを見たいと望んでいるお客様がいることも確かで、でも、プロを活躍させなきゃ文化にならない。VOL.03はそこに向けて走り始めました。

 

 

 

 

AKIKO p1020934そうですね。VOL.03でTeam BLUEという、BLUE TOKYOをトップに、キッズからプロ育成までを目指す体制や、ダンスと新体操での舞台作りを改めて考えました。そして、ストリートダンスの舞台を創り上げているDAZZLEの長谷川達也さんに演出と脚本をお願いしました。新体操という軸を持った、Team BLUEというエンターテイメントを創る基盤に切り替えた回になったと思います。
 

 

 

荒川 うん、目に見えてBLUE TOKYOが認知され始めたのは、VOL.03からだと思います。今では、有り難いことに月に1回は青森で仕事をさせて頂けるまでになりました。アマチュアである青大や山田の男子新体操部は試合で勝つために存在していますが、プロであるBLUE TOKYOはパフォーマンスで生きていく集団という位置づけが、対外的にも明確になりました。

 

 

 

AKIKO 毎日質の高い練習を重ねて、日本一の栄誉を保持している青大や山田の選手をアンサンブルとして起用した上で、メインプレーヤーとして、タンブリングでもダンスでも魅せなきゃいけないBLUE TOKYOには当然プレッシャーもあります。だからこそ、彼らは限られた時間で、質のいいリハーサルをしなくちゃいけないし、やっぱりアマチュアにはないダンス表現で差をつけなくてはいけない。しかも、大きな舞台で主役として本番を経験できるということは、経験値が上がり、立ち姿も変わっていくから、BLUE TOKYOは恵まれている立場にあることをもっと自覚して、貪欲になってチャレンジして欲しいですね。だからこそ限られた時間で、質のいいリハーサルをしなくちゃいけないし、アマチュアにはないダンスの部分を磨いて、更に差をつけていかないといけないですね。

 

 

■「舞台はビジネスとして成功しなくては続けられない」

 

 

荒川
案の定、観客の皆さんはVOL.03の第1部で披露された長編作品「重力の枷」に戸惑った人も多かったようです。それまでの2回は選手中心で、すべてオムニバス形式で見やすいものでしたから。その予測もあって、VOL.03からは、競技演技も舞台で観て頂けるエキシヴィジョンを第2部に設けました。

 

 

 

AKIKO 今思うと、VOL.03で舞台BLUEの土台ができましたね。

 

 

 

TDM その土台とはどういうものですか?
 

 

荒川 第1部では、新体操以外の表現にチャレンジしているプロ集団BLUE TOKYOが主役になること。そして、第2部では、新体操ファンや、日頃応援してくださっている青森の皆さんへ向けての感謝の意味を込めたエキシヴィジョンをお届けすること。この二つを一つにできたから、どちらの側面からファンになって頂いても、新体操の魅力を伝えられるBLUEの土台ができ上がりました。

 

 

 

AKIKO
p1020953そもそも、BLUEをはじめたきっかけは、私が荒川監督からお願いされたとき、その情熱とテンションに共感して、主催・制作を引き受けた経緯があります。しかし、翌年、VOL.02では予想外の赤字を背負ってしまい、青森でエンターテイメントを創る大変さを知りました。その教訓から、VOL.03からは、強力なスタッフ陣を迎えて、青森でのエンターテイメントを活性化させる手法や、青森の伝統工芸とコラボレーションしたグッズを販売したり、地域性を活かした舞台につながったと思います。「舞台はビジネスとして成功しなくては続けられない」と身も心も懐も痛い思いをして教えられましたね(笑)。

 

荒川
・・・正直、そこまでの重さを感じていなかった青森チーム代表として「LTGさんごめんなさい。僕もいろんな意味で素人でした。」と、謝罪させて頂きます・・・。

 

 

AKIKO いや、私も勉強になったから。思い返せば、20年の仕事歴の中で一番大変だったかもしれない(笑)。
 
 

 

荒川
VOL.03が終わった後、本当に、様々なプラスな反響がありました。僕自身は、BLUEの未来予想図が描けた回でした。地元企業へのアプローチだったり、地域に根付いたプロモーションだったり、様々な協力体制をつくって地域に貢献ができるということを勉強させてもらいました。そして、そのすべてがVOL.04、次回のVOL.05につながっている確信があります。

 

 

 

AKIKO その年から、夏に「ぶるーnebuta」、秋には「BLUE Festival」という青森でのイベント開催にもつながりました。青森県庁職員の方をはじめ、多くの方が積極的に協力してくれたおかげです。東京と青森でTeam BLUEに関わってくださっている皆さんに感謝いっぱいです!皆さんのご期待に添えるようますます精進していきます。
 

 

■新しいフィールドにつながったVOL.04

 

 

TDM 今年2月のVOL.04はいかがでしたか?

 

 

AKIKO VOL.03とはまた趣旨を変えた言葉に頼らない舞台。だからこそ、身体表現の可能性に重きを置いて、BLUE TOKYOが様々な舞台で培ってきた経験を皆さんに感じて頂く舞台でした。第1部は、世界中を魅了した日本人ダンサー辻本知彦さんの演出家デビューに近い作品で、BLUE TOKYOも振付や構成を任せてもらって彼らにとって次に繋がる作品でした。彼らにとって新しいフィールドにつながる機会になりました。

 

 

 

荒川
運営側の僕にとってもチャレンジでしたね。毎回同じことはしないBLUE TOKYO、舞台BLUEの可能性をお見せできた舞台だったと思います。

 

 

 

 

AKIKO 第2部のエキシヴィジョンでは、青大4年生の卒業作品を新たに加えました。青大4年生が中心となって、BLUE TOKYO KIDS、高校生、大学生のメンバーと共に青大の中田吉光監督から学んだことをTeam BLUEの集大成として発表できる場所を創れたことも大きな一歩だったと思います。

 

 

 

■オリジナルエンターテイメント、地域とともに創り上げる興行の仕組みを確立

 

TDM
舞台BLUEを始めて5年経ちますが、今後期待していることは何ですか?

 

 

 

荒川 p1020939僕にとって舞台BLUEのメインテーマは“BLUE TOKYOの確立”です。最近、ちょうど行政からも「BLUEはとても新しい試みだと思います。教育だけじゃなくて観光や生涯教育に関しても網羅しているので詳しく聞かせて欲しい。」と連絡を頂いたところです。

 

いろんなものを単発でやるのは簡単ですが、それだけで終わりになっては意味が無い。だから、一つ一つの点にするんじゃなくて、ちゃんと線で結んでいかなくてはなりません。青少年育成教育も観光も生涯教育も、全て同じ線上につながって、それらを含んだものが文化になる。それは長い道のりだけど「千里の道も一歩から」ですから、その一歩は確実に踏み出せていると思っています。それが青森では、舞台BLUEで実現できると思います。毎回、BLUEを観た方の率直な感想や批評は、一つ一つ真摯に受け止めつつも、確実に回を重ねることによって、今までなかったアクションにつながっていることを実感しています。その一つとして、今、BLUE TOKYO NEOという取り組みとして、青大の卒業生が地元に帰ったり、東京に行かなくても、青森に留まって仕事をしながらパフォーマンスをする機会や場が作り始められて、青森の雇用を促進するような取り組みが、でき始めています。

 

 

 

AKIKO
BLUE TOKYOも、プロというセカンドキャリアを歩みながら、東京で新体操やアクロバットの指導をしたり、新体操の現場に振付や構成で関わったりするサードキャリアへの道も歩み始めています。メンバーの春日克之は、故郷の北海道にアクロバットを教えに行ったり、松田陽樹は、母校の山田の構成を担当したり、佐藤喬也と大舌恭平はBLUE TOKYO KIDSの構成や楽曲を手掛けるなど、組織として、幅広いキャリアが積まれて、とても頼もしくなっています。

 

 

 

荒川
大学生やBLUE TOKYO本人達には、この仕組みをもっと理解して、華やかな活動だけではなく、地域や次世代をサポートしていく活動にも胸を張って取り組んでほしいです。実際、舞台BLUEという種が、2013年のイッセイミヤケ主催の公演「青森大学男子新体操部」や、今年のリオオリンピック閉会式のパフォーマンスにつながったし、これからも色んなことがつながって芽吹いていくと感じています。それを自覚して欲しいですね。

 

 

 

 

AKIKO 既にある舞台の仕組みだけではなく、今まで誰も見たことのないオリジナルなエンターテイメント、地域とともに創り上げる興行の仕組みを確立したいです。そして、年々、その可能性は濃くなっています。

 

 

 

 

荒川 今、地方を拠点においた代表的なエンターテイメントだと、佐渡の太鼓集団・鼓童であったり、大分のドラム集団・TAOなどがあります。どちらも、すごく地域密接型で、助成金を受けたりしながら、地域で教育や育成をして、それを世界に発信しています。我々も青森県に協力してもらうには、もっと地域に理解してもらう努力をしなければいけないとも思うし、でも、もっと違う形を作るべきなのか・・・まだ、模索中ですね。

 

AKIKO BLUE TOKYOをやっている以上は、青森のブランドとして確立していくことは大切だと思います。ただ、密着と依存は違う。どちらかというと、共存していきたいですね。個人的には、もっと青森のダンサーとも関わって行きたいですね。

 

 

■前作を越えるVOL.05に乞うご期待!!

 

TDM
最後に、2017年2月に開催されるVOL.05について聞かせてください。

 

 

 

荒川 今回は、2年前のVOL. 03で長谷川達也君が作ってくれた作品を再演します。この2年で様々な経験をしたBLUE TOKYOと、達也君が前作をどうやって超えてくるのかが見所です。
 
 

 

TDM
なぜ、再演することになったんでしょうか?

 

 

 

AKIKO 再演をすることで、BLUE TOKYOが演出などの制作側にまわることが出来るし、作る側になることでいろいろ吸収してほしいという想いがあります。
 

 

荒川 達也君の懐の深い想いでもあったよね。BLUE TOKYOが自分たちで舞台を作れるようにならなくちゃいけないし、なってほしい。今回は、DAZZLEさんの出演もなく、達也君が監修にまわってくれる安心感もある中で、作り、演じられるBLUE TOKYOは、とても幸せだと思う。

 

 

AKIKO 国内や海外のダンスシーンから見ても、本当にBLUE TOKYOは幸せな環境にいると思います。だから、もっと頑張ってほしい。世界で唯一の男子新体操×ダンスユニットとして、もっとダンスも生き方もかっこ良くなって、舞台を作る立場も演じる立場も常に勉強してほしい。一生勉強ですし、それが仕事として表現するプロの宿命だから。

 

 

 

荒川
p1020935BLUE TOKYOがVOL.03をあらゆる方法で、超えようとしています。そして、第2部のエキシヴィジョンでは、BLUE TOKYO KIDS、全国大会覇者の山田、青大の演技はもちろん、昨年に引き続き、他県からゲストも招いていますのでそちらもご期待ください。正直、青森で舞台BLUEの形を今後維持できるかどうかは今回にかかっています。Team BLUEの成長と男子新体操を観に、冬の青森へ多くの方に来てほしいです。

 

 

 

AKIKO 男子新体操とダンスによる世界で唯一のエンターテイメントの可能性を是非感じて頂きたいです。遠方の方には青森への旅にお得なJALパックも用意しています。青森で皆さんのお越しをお待ちしてます!

 

 

 

☆舞台「BLUE VOL.05」のパンフレットでは、よりライブ感ある言葉で今回の対談を綴っております。会場販売をおたのしみに!

[PICK UP]新体操で舞台を創りたい「BLUE VOL.05 〜めぐる〜」

 

 interview by Y.I
photo by HARUKI(BLUE TOKYO)

’16/12/24 UPDATE

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tokyodancemagazine

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