ダンス雑誌編集長対談〜ダンスを書き伝える者たち〜
ダンス雑誌編集長対談〜ダンスを書き伝える者たち〜
史上初。ストリートダンス雑誌三誌の編集長対談が実現した。今“情報”というキーワード無しにダンスシーンの実情は語れないだろう。紙という媒体を通じてストリートダンス情報を発信している『ダンス・スタイル』『ムーヴメント』『ストリートダンスマガジン』それぞれのメッセージや、編集部ならではの見解など、濃密な意見の交わされるインタビューとなった。

ダンス・スタイダンス・スタイル

毎月10日発売。株式会社リットーミュージック発行。ストリートダンスをメインに、ダンスに興味を持つすべての人に向け、2001年に隔月発売で創刊、2005年7月に月刊化、2008年9月号で通巻50号となる。Web上の動画との連動、携帯サイト、様々なメディアを駆使し、ストリートダンスの魅力を文字通り “全身で体感”してもらえる構成。流行に敏感なストリート・ダンサーを満足させるファッション、音楽、イベントなどの各種情報においても質の高いコンテンツを追求している。今回登場の石原氏は、2006年『ダンス・スタイル』編集長に就任。それまで音楽系雑誌を担当しており、今回の対談では音楽業界との比較からの視点で興味深い見解を述べている。
http://www.dance-style.com


ムーヴメントムーヴメント

2002年創刊。毎月25日発行。発行元は株式会社ムーヴメント。一都三県を中心に発行しているフリーペーパー。10代後半〜20代半ば位迄の主に女性の流行に敏感な世代をターゲットとし、ダンス・クラブ・音楽・ファッション情報をメインで取り上げる。デジタル雑誌としても無料配信中。編集長不在のため、株式会社ムーヴメント代表の高橋氏にフリーペーパーとしての存在意義を語ってもらった。
http://movement.ne.jp


ストリートダンスマガジンストリートダンスマガジン (文中SDM)

2007年7月創刊。隔月20日発行。株式会社ジャスト・ビーが発起人となり、編集・制作を手がける。ストリートダンサーの活躍を伝える情報や上昇志向の若者がプロを目指すための情報を発信。報道性のある雑誌、大人のストリート・ダンス誌、読んでためになる雑誌、ハイセンスなブランド感のある雑誌を報道ポリシーに掲げる。会社創設者・工藤氏は他二誌の編集にも深く関わっており、この日一番気まずい立場?と緊張していたが、シーンに対する鋭い意見を多く残してくれた。なお、最新号「STREET DANCE MAGAZINE VOL.07」では創刊1周年を迎え、表紙はゴールド(写真右)、内容もスペシャルな企画が盛りだくさんとなっている。

“広げるメディア”と“文化として根付かせるメディア” 

TDM

今日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。今回はあまり堅苦しくならず、ざっくばらんに皆さんのお考えをお聞きできれば思っています。 まずは、自己紹介代わりに、それぞれの特徴などをお話していただけますか?

ダンス・スタイル編集長 石原氏 (以下石原)

石原うちは、もともと楽器のレクチャーのビデオを出している会社なので、その方法論で『ダンス・スタイル』シリーズとして、初心者向けにダンスレクチャーのDVD、当時はVHSを出していました。それが予想以上に売れたので、「じゃあ今度はジャンル別にやってみよう」と、現在までに29タイトル出しています。

最初は誰も7年も続くとは思っていなかったと思いますが、ダンスシーンの盛り上がりとともに、その恩恵を受けて、ここまで続けて来られたかなというところですかね。

最近だと、キッズ専門誌『ダンス・スタイル・キッズ』、レゲエ専門誌『レゲエ・スタイル・ブック』、あと、DVD『ダンス・スタイル・ダイエット』など、ダンスから派生したアイテムを出していまして、今後も増やしていくだろうという感じです。

ムーヴメント代表 高橋氏 (以下高橋)

『ムーヴメント』の場合は、ダンスに興味はあるけれど今1歩足を踏み出せない人、ダンスにこれから入ろうと思っている層を基本ターゲットとしています。またコア層にも納得してもらえる内容である事も意識してバランスよく掲載するよう心がけています。

高橋あとは、発行から6年経っているので、ダンスシーンも時代の流れとともに変化があります、『ムーヴメント』の場合はストリートダンスを中心としながらもその時の流行をバランスよく掲載するようにしています。あくまでダンスに興味を持たれる方、持ってもらえたらという切り口で出来る限り分かりやすく情報を載せて楽しんでもらいたいという部分があります。

また、当たり前のことなのですが、とにかく現場に足を運ぶという意識は強くもっています、各パフォーマーの協力あってのフリーペーパーであるという事と現場こそ情報の発掘の場ですので色々なイベント、催しは積極的に参加しています。


ストリートダンスマガジン編集長 工藤氏 (以下工藤)

工藤僕はまだ『SDM』を初めて1年なので、皆さんみたいに歴史はないんですけれども、ダンス雑誌の編集や制作はかなり昔からやっていました。もともと『ムーヴメント』さんの前身にあたる会社のイベント事業部に所属することになったのが、この業界に入ったきっかけです。それが、『ムーヴメント』が創刊される2年ほど前で、その立ち上げにあたって営業力が必要になり、1年間、営業系の会社で修行をしたんです。そして、いざ、立ち上げるとなった時に『ムーヴメント』のチーフ・プロデューサーとして頑張らせていただきました。

ただ、僕自身はもともと“舞台”が好きで、ストリートダンスを使った舞台をやりたいという夢があるんです! だからそういったことを可能にするクリエイター集団を作りたいと思い、独立する道を選んで、ジャスト・ビーという事業を立ち上げました。それから『ダンス・スタイル』さんの編集が基本的な事業となり、その4年後にジャスト・ビーは法人化、そして、2007年に『SDM』というフリーペーパーを創刊することになりました。

まず、昔携わっていた『ムーヴメント』さんは、ストリートダンスを“広げるためのメディア”だと僕は認識しているんですね。そして今もお仕事させていただいている『ダンス・スタイル』さんに関しても、全国誌ですので、地方のダンサーや、ダンスを知らない人が手にしてもわかるような記事の作り方をしています。そこで、様々なメディアに関わらせていただいた結果、“広げるためのメディア”に対して、“文化として根付かせるためのメディア”も必要ではないかと考えました。

『SDM』は、ダンスをもっと深く知りたい!と思った時に、重要な情報が書いてあるという作りをするように心がけて作っています。そういうメディアがほしいなとずっと思っていたんです。あと、うちはクリエイター会社なので、自分たちの“作品”を表現できる場が必要だと思いました。なので、発行の理由としては、クリエイターとしての作品創りと、ダンスを文化として育むメディアを創りたかったから、という感じですね。


表現を誰に向けているのか−音楽シーンとの違い。 

TDM

では石原さん、先ほど『ダンス・スタイル』の初めは続かないと思っていたのに、思ったよりもここまで続けて来れたとおっしゃいましたが、その要因は何だと思いますか?

石原

石原まず、リットーミュージックという会社の気質として、もともと楽器のレクチャーというものにこだわってやってきています。派手さはないけれども、地味に支持される刊行物を出す、というブランドだったので、ダンスに関しても、あまりミーハーな扱いはせず、あくまでレクチャーだったり、ダンサーの内面の部分だったりを出していました。そんなにクラブ遊びをするような人間のいる会社でもないので (笑) 。至って真面目にダンスを扱ってきた、というのが、続けてこれた要因ですかね。

もちろん、『ダンス・スタイル』のコンセプトとしては、簡単にいえば、ダンスシーンが大きくなるような手助けができればいいなという思いがあります。ダンサーが増えて、メディアが増えて、テレビやイベントで、ダンスを目にする機会が増えて、認知度が高まれば、ダンスシーンが大きくなると思う。そうすれば、ダンス雑誌も売れるようになるし、もっといろんな可能性が出てくると思うので、究極的にはダンスシーンを大きくする役目を担いたいなと考えています。

まぁ、僕はずっとダンスをやってきた人間ではなく、もともと音楽の世界と深く関わってきたので、いろんな意味で比較ができます。簡単にいえば、音楽シーン、もっと具体的にいえば日本のロックシーンの黎明期にはかつて「ロックって何だ?」「日本人にできるのか?」っていう時代があったはず。それはちょっと前のダンスシーンのように「ヒップホップなんて日本人に踊れるの?」「ストリートダンスできるの?」と言われていた時代がありますよね。ロック史での30〜40年前に、そういう扱いをされていた時代と今のダンスシーンは似てるんだろうなと。そういう意味では、まだ文化としては商業化されていないからこそ、表現として面白い時期でもある。情報がないからこそオリジナリティが生まれたりもするし。

警笛。排他的なにおいのダンスシーン。 

石原

つまり、ダンスシーンとロックシーンを比較した時に、ダンスシーンが成熟して、ビジネスとして成立するには、まだまだ時間がかかるのかなと。やはり、シーンといっても成熟度でいえばまだ低いですよね。ダンスをやってる側からやっていない側への「アンダーグラウンドを守りたい」という、多少排他的なにおいも一部で感じます。でも、そのスタンスでやっていたら、広がらない。ダンスをやっている人じゃないとイベントに来ないという状況も変わらない。

だから、『ダンス・スタイル』の使命としては、“踊らないけどダンスを見るのは好き。”という人を増やす、そういう人に買ってもらう本になればいいなと思ってます。踊っていなくてもいいです。ダンサーが好き、ダンスが好き、ダンスを使ったパフォーマンス・アーティスト・映画・映像が好き、そういう人に買ってもらうような本にならないと、逆に雑誌としても寿命が見えますね。先がない。

これは『スーパーチャンプル』のプロデューサーの黒宮さんもおっしゃっていましたけれど、「ダンスを見るのが好き」「プロ野球を見るのが好き」「音楽を聴くのが好き」っていう人が増えないと、どう考えてもそれぞれの文化は大きくならないですよね。

TDM

なるほど。では、商業化できたロックシーンにあってダンスシーンにないもの・足りない要素って何でしょう?

石原

ダンサーが“出口が見えていない”っていうのがあると思います。ダンサーの商業的な出口が見えない。ミュージシャンなら、レコード契約をして、CDが売れる、ツアーができる、自分が動かなくても印税収入が発生するという状況で食べていける。でも、ダンサーにとっては、どういう形でダンサーが食べていって有名になれるのか、そういう実例がいくつも現れていない。ISOPP君や群青君はそういう意味で、ストリートダンサーのまま道を切り開いていっていると感じますね。

さっき一部の排他的といいましたが、ダンサーのためにイベントを作る、ダンサーのためにショウを作る、そういう人がやや多いかなと感じます。もちろん、ロックシーンにも「ロックで食べていけるのか?」という時代があったはず。でも、違いで考えると、音楽の場合、最初から楽器を弾いている人だけに対して表現をしてないんですよ。見てくれる人は楽器を弾いている人だけではないし、音楽をわかってない人かもしれない。音楽をわからない、ミーハーな気持ちだけでそこに来てるかもしれないけれど、そういう人たちに良いと思ってもらうような表現をしないと、全然広がらないと思うんですよね。そういう意味で、表現を誰に向けてるのかっていう、プロ意識に似た意識がないと、広がらずに終わってしまうと思います。

ただ、アンダーグラウンドで固まっているかっこよさもあると思うんです。一つのものを追求していくかっこよさは30年前のロックにもありました。わからないけどエネルギーの塊のような表現があって、しかも、商業主義が成立していなかったからこそ、そういう表現が生まれたという時代背景もあると思います。なので、必ずしも大衆化していくことが全面的にいいとは思わないですけどね。いいところもあれば、悪いところもある。ロックシーンとダンスを比較した時に感じました。

TDM

なるほど。そう考えると『SDM』さんはターゲットをダンサーに向けて作られていらっしゃると感じますが、この考えはいかがですか?

工藤

工藤僕も石原さんのお話にはすごく共感しています。僕もダンサーではなくて、サラリーマン出身の人間です。ダンスの仕事で食べ始めてから7年目になります。そういう意味では僕もプロだとは思っているんですけれども、この業界って、裏方とか、ダンス界を支える人など、ダンサー以外のプロを認めない気質があるように感じる時があります。例えば、音楽業界ではアーティストだけが音楽業界の人ではなくて、マネージャーさんや作曲家、プロモーター、A&R、みんなで音楽業界。それはアーティストも世間もわかっている。

でも、ストリートダンス界は、プレーヤーとしてのダンサー以外はダンス界ではないという考え方が強い気がします。これは、先ほど石原さんもおっしゃっていた排他的という表現をされた部分で、僕も同感です。『SDM』では創刊から、必ずストリートダンス界の裏方にスポットを当てた記事をやっているのは、そういったことをずっと感じていたからなんです。

『スーパーチャンプル』『ムーヴメント』『ダンス・スタイル』さんたちは、ダンスを広げようと活動されていると思うんですけども、ダンス業界自体の意識をもう少し変えてないといけないと、いくら広がったとしても、意味がないと思うんです。

『SDM』の誌面の作り方で、一つ特徴的なことが、裏方を紹介したり、プロダンサーの意識を紹介したり、“ダンサーの意識を変えよう”という特集が非常に多くなっているのも、そういう気持ちがあるからなんです。メディアだけではなく、ダンス業界全体で大きな商業ベースに向けての意識に変えていかないと、ダンスが広がっても意味がないと感じていまして、『SDM』の大きなコンセプトにもなっているんです。デザインを少し硬くしているのもそういった考え方があるからなんですよ。

個人的な話になりますが、僕はタップダンサーのセヴィアン・グローバーがすごく好きで、彼が“edutainment”(教育education+娯楽entertainment)というものをよく提唱しているんです。やっていて楽しいけれども、ダンサーたちの意識も変えられる、勉強にもなる。僕は雑誌を創るという仕事もエンターテイメントだと思っていますし、そういう精神が雑誌を作る際にもすごく影響を受けています。

セヴィアン・グローバー(Savion Glover) :
世界を代表するタップダンサー。若干12歳にしてミュージカル「タップ・ダンス・キッズ」にてブロードウェイデビュー。翌年グレゴリー・ハインズ、サミー・デイビス・ジュニアらとともに映画「タップ」に出演。1996年、23歳で出演・振り付けを担当したミュージカル「ノイズ&ファンク」でトニー賞受賞。2006年の映画『ハッピー・フィート』の主人公のペンギンは彼の動きのモーションキャプチャーによって作られた。


基本的に『SDM』は説教くさい雑誌なんですが、ただ面白く伝えるだけではなくて、楽しく読みながら少しオトナになれるような、そういう仕掛けを冊子内の随所にちりばめて作っています。ページの最初は写真を大きく使ってダンスをカッコよく見せているんですが、ページをめくっていくと、徐々に説教くさくなっていく (笑) 。それが僕なりのedutainmentです。

いい商品はあるのに売る人間のいない会社のようなもの。

TDM

そういった意識で作られてきて、今年9月号で1周年を迎えられるんですね。1年間続けてきて、いかがでしたか?

工藤

1年間で6冊出してきましたが、正直、作り方は変わってきていますね。あくまで、人がやっていない道が好きなので。「ジャスト・ビー (just-Be) 」という自社名のコンセプトでもあるのですが、既存のものとは、なるだけかぶらないように発想を変えています。なので、創刊からは、切り口が変わってきていますね。

一番顕著な例は、創刊号では写真で大きく見せるということをやっていましたが、『ダンス・スタイル』さんも大きく見せることをやる流れになったので、表現がかぶらないために、逆に“徹底特集”として、かなり細かく見せるようになりました。

石原

波風立てないようにしてくれてるんだよね (笑) 。

工藤

そうですね。先にやられていることを僕らがやるわけにはいかないので (笑) 。なので、最初はシンプルに見せることを意識していたんですが、それはうちだけの手法ではなくなったので、ちょっと作り方を変えています。ただ、ダンスシーンの裏方が成長して欲しいという想いは1年経っても変わっていません。

僕は、ダンス界成長の鍵は、裏方と、そこに対する意識だと思っています。例えば、ダンス業界全体を会社だと思った時に、いい商品はいっぱいあるのに、売るセールスマンも、商品をPRする優れた人材もいない。けど、いい商品はいっぱいある。事実、日本のダンサーは間違いなく世界最高峰だと思っています。けど、いい商品がいっぱいあるなら、それをプロモーションする社員やマネジメントする社員がいないと、商品は広まるわけがないんですよ。商品 (日本のストリートダンサー) がどんなに良くても認知されないのは、僕はそのためだと思います。

石原

そうですよね。営業マンや宣伝マンにプロがいないから、いい商品も知られないし、売れない。

メディアの立場の人間としての責任・頑張りどころ。


高橋

高橋『ムーヴメント』の場合は、“ダンスを知ってもらう最初の受け皿”という側面も持っていますが、どちらかというと、それは対外的な外っ面の部分。個人的な意見でいえば『SDM』さんの視点は良いなって思いますね。

僕はこの先のダンサー市場を考えた時に、生産力を上げていければと考えています。同時に、現状は、メディアの立場の人間としての力不足もあるのかなと、責任も感じています。例えば一昔前までは、ダンサーは“アー写”(宣材写真)って持っていなかったですよね。しかし、ダンサーが仕事を増やしていくと、アー写を用意するようになったり、実際にお給料が増えるといった変化が起きます。最近はみんなアー写を持つようになったり、ファッションブランドを展開したりして、色々精力的に活動していると思いますが、まだまだプロモーションの仕方はプロではないので、そこが難しいと思うんですね。

ここ最近、マスメディアの影響もあって、一般の方への“ダンスって面白いね”っていう波及はこれからもすると思うんですよ。でも、ストリートダンス市場という所での”ダンスって面白いね”ってところまでには落ちきれていない。それは『ムーヴメント』も含めて“ストリートダンス”を発信しているメディアとしての熱の入れ方や頑張りどころなのかなと強く感じています。なので、現状としてはダンサーが頑張っている勢いだけではなく、メディアとしてのパワーや手法の出し方に、遅れを取ってしまったのかなと責任を感じています。


音楽から剥離し始めたダンサーたち。

石原

でも、他の業界から興味をもたれないとダメですよね。イベントもダンサーの手作りではなくて、舞台監督のプロやタレントのマネジメントをやっている人、CMを作っている人などが、「ダンサーっていいね、やらせてよ」って言われるようになって、それをダンサーも受け入れる体勢を持ったほうがいい。「いや、いいです。僕らは自分でやってるんで。」ではダメ。他のプロの人たちに興味を持ってもらったほうがいいと思います。

でも、最近は外部と接して「なんとかしたい!」と考えているダンサーもいますよね。でも、チャンスが巡ってこなかったり、筋道がわからない、声はかけられないし、どうしていいのかわからない。気持ちはあるのにできない、っていうジレンマやモヤモヤはある。それは、まだ時間が足らないのかもしれないし、これから先変わってくるとは思いますけどね。

この前、工藤さんとも話していたんですが、ダンス自体も変わってきているんですよね。昔だったら、ダンサーっていうのは音楽が好きで、ヒップホップが好きで、クラブが好きで・・・というところから自然に出てきていたのが、今は音楽から剥離し始めている。ダンスをやっている子が音楽を聴かない、知らない。

あとは、いわゆる”スクール文化“といいますか、2011年からは公立の学校にもダンスが入り込んできますよね。フィットネスでも教えられるようになったり、昔とは違う面も出てきている。前は音楽と寄り添いあっていた部分が、今は洋楽を聞かない、知らない人に向けてのものにもなっている。

工藤

若い子たちにとっては音楽は素材。僕ら30代前後の世代ですと、マイケル・ジャクソンを「かっこいいな!」と思って、「どうやって踊ってるんだろう?」ってPVを見て、「あーダンスってかっこいいな〜!」って思っていました。でも、今の子たちにとって音楽は、スクールにいって、先生から踊るための素材としてもらうものらしいんです。「アッシャーかっこいいな、コレで踊りたいな!」ではなくて、「この振りはアッシャーで踊ればいいんだ〜」っていう。音楽を知る順番が逆転しちゃってるんですよね。

石原

石原ここ数年のDJもそうですよね。自分の好きな曲をかけたいからではなくて、DJがかっこいい、ブースに立ちたい!って気持ちからレコードを集める。

ダンスも今じゃ当たり前らしいんですけど、「何の曲で踊ればいいですか?」って聞いてくるみたいですよ。前は、「この曲で踊りたい!」っていうのが発火点であったものだし、DJも「この曲を聞かせたい!」があったものだったんですけどね。

世代によって感覚の違いを調べたデータがあるらしいんですが、僕らの30代は黒電話があって、プッシュホンがあって、コードレス電話があって、ポケベルがあって、携帯も進化していって・・・という流れを全部踏んできているので、“携帯で文字を見る・サイトを見る”ということに、いちいち違和感を覚えながら育ったけど、今の小学生なんていきなりそれだから、携帯で文字を読む、音楽を聴くなんて当たり前。「何で重たい雑誌を持たなきゃいけないの?」っていう感覚なのかもしれないですね。うん、感覚が違うんだろうな。

工藤

僕なんかは、MP3だと音質が悪くて、音楽プレーヤーも聞いていられないですもん。昔は大きなコンポをみんなアルバイトしてお金ためて買ってましたよね。今は何であんな音質で我慢できるんだろう・・・。

石原

基準が圧縮されたものに慣れちゃってるから、それ以上を知らない。それを普通だと思ってるから。CDも人から借りて、パソコンのトレーに入れる“媒体”としか思ってないらしく、CDのことを“マスター”って呼んでいるらしいですよ。「マスター持ってる?」みたいな。

そういう意味では、MP3に慣れていくと、音に対する耳はどんどん悪くなりますよね。デジタルカメラもそうですよね。アナログフィルムと全然違う。でも、今の子の目にするものは、全部デジタル写真だから、それに慣れちゃってるから、気にしないんですよね。芸術としてはもう貧相なものになっていってしまうのかなぁ。

TDM

WARNERさんが同じようなことをおっしゃっていました。「映像ばかり見ているから、踊った時に映像だと上手く見える子が多い。でも、生でのライブ感や個性に欠ける」と。

石原

覚え方や教えられ方によって違うんでしょうね。どういう感覚を使って覚えているか。

でも、この現状にはいい面も悪い面も含まれていて、けして悪いことだけではないと思う。フィットネス感覚でやる人が増えた、教育の場にダンスが入った、広がるといえば広がる。ダンスをやるのに音楽を知らなきゃいけない、ということでもなくなってきている。だから、大衆化するというのにはそういう良い面と悪い面が当然出てきますよね。

三誌それぞれの存在価値。

TDM

この混沌としている情報社会の中で、ダンサーに関しての受信側として必要な意識とは何でしょう?

石原

『ダンス・スタイル』は有料誌で630円払ってもらわなきゃ読めない本なので、そこがフリーペーパーと雑誌の大きな違いですし、どういう狙いで作るかという意味では、うちがコアなことやったら売れない、という危機感が常にある。ただ、ミーハーなことだけでもいけない。コアなことをどういう風に大衆的に見せるか、興味の窓口を広げられるように作るか、ということなので、僕はコアな視点を持っている『SDM』さんにはどんどんその部分を伝えていって欲しいですね。

工藤

自分の中では一つの記事を書くにしても2種類の書きたい気持ちがあるんです。一つはドキュメンタリーチックに、迫真に迫る書き方。もう一つは、一般の人がパラパラ見てて、「あ、このイベント面白そう。」と思ってもらう書き方。後者はあまりコアだといけない。やはりメディア人なので、広く知って欲しいという気持ちと、深いところまで伝えたいという気持ちがあるんです。雑誌を作っていて、相反している部分ではあるんですが。だからこそ、『ダンス・スタイル』と『SDM』の書き分けができるんですよ。あと、思い切って『SDM』では、シーンの流れとしては載せたほうがいいイベントがあったとしても、自己判断で面白かったものだけをページを割いて載せたりしています。実はコレはトウキョウダンスマガジンさんを参考にさせていただいているんですよ。思ったことをバンバン書かれていますよね。アレがかっこいいと思ったんですよ。やりたい!って。

『ムーヴメント』さんだったら、最初にアーティストが載っていて、そこからダンスにも興味を持ってもらう効果のある作りですけど、うちの場合はそういった効果はない。たぶん、ダンスに全く興味がない方が見たって、すぐにゴミ箱行きだと思います。

高橋

でも、フリーペーパーってある意味、ゴミ箱に入れられるような勢いでもいいと思っているんですよ。電車、スクール、練習場所とかで、クルクル丸めて持ち歩いてもらえてるくらいで、存在価値があると。常に手軽に読める存在として、あればいいと思っているので。電車でダンサーっぽい子が読んでいるのを見た時は嬉しいですね。

石原

いわゆる“モバイル”ですよね。『R25』みたいに、時間を持て余している時に読んでもらえるような。

高橋

そういうときに興味を持ってもらえるきっかけになれれば嬉しいですね。


NEXT : ダンサーとミュージシャンの共存共栄の可能性。
12Next →